廣森知恵子のビューティトーク
2015-12-03
#08 香りと上手につきあうコツ

30年ほど前のことになります。新幹線の中で、ある銘柄のタバコの香りがした瞬間(当時はまだ新幹線も喫煙できた時代だったのです)、昔大好きだった男性との思い出がフラッシュバックして、しばらく甘く懐かしい気持ちに浸ったことがありました。何年ものあいだ思い出すことがなかった感情が、ひとつの香りをきっかけに一気に甦ってくる……。皆さんもこんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。

今回はそんな香りの不思議な力を解き明かしながら、日常をより輝かせ、女子力をアップさせる香りとの付き合い方をご紹介します。

香りのメカニズムとは?

香りのメカニズムについては、最近の研究で徐々に明らかになっています。ある特定の香りがきっかけで何十年も前の記憶がふっと甦る、というような経験は、嗅覚が他の感覚(視覚、聴覚、触覚、味覚)と違って、大脳にある大脳辺縁系と呼ばれる本能に基づく行動や、喜怒哀楽などの感情・記憶を司る部分に直接伝わるためだといわれています。

実はこの部分は新しい記憶が発達するたびに隅に追いやられてしまうのですが、香り(臭い)が大脳辺縁系にダイレクトに伝わることで、「遠い記憶を一気に呼び覚ます」、という現象が起こるのだとか。

さらに興味深いのは、香りの信号は大脳辺縁系へ到達した後、 視床下部へと伝わることです。この視床下部は自律神経の中枢で、体温や水分、血圧、睡眠リズム、消化や呼吸など様々な働きの調整を行っている部分です。

「わけもなくイライラする」「なかなか寝付けない」、と思った時、好きな香りや心地よい香りを嗅ぐことによってリラックスすることができたり、イライラが緩和されて眠りにつけることがありますが、これはそんな香りと脳の生理的なメカニズムに基づいているのです。

画像1ラベンダー、カモミール、レモンなどの香りで気持ちを落ち着かせたり、オレンジ、ジャスミン、ペパーミントなどの香りでやる気を促したり、香りで気持ちをコントロールするのも脳の生理的なメカニズムに沿ったもの。

香りはあなたのパーソナリティーのひとつ

私自身、昔から香水をコレクションするほど香りに対して大変興味を持っていました。お気に入りは、ゲランのミツコや夜間飛行、エスティローダーのホワイトリネン、ニナリッチのレールデュタン、レベルドゥリッチ、その他アラミスやラルフローレンなど。

素敵な香りがする女性とすれ違った時は、思わず駆け寄って「突然すみません。香りがとても素敵なのですが、使っている香水の名前を教えていただけませんか?」と声をかけたことも一度や二度ではありません。きっとその頃の私には、素敵な香りに包まれた女性は、実際よりも2~3割増し美人に見えていたことは確かです。

また昔の知り合いを思い出す時は、その人のメイクやファッションよりもその人が放つ「香り」の方が記憶に残っています。かつてアメリカのセックスシンボルと謳われたマリリン・モンローが、“シャネルの5番を素肌にまとわせ、裸で寝ている”と発表すれば、それを聞いた人はシャネルの5番を嗅ぐたびに、様々な想像をかき立てられるわけです。

面白い逸話が残っています。1307年ごろ、“ハンガリー香水”と呼ばれる、現在のオードトワレ風の香水が出現していますが、この香水はエリザベス女王のために創られたものでした。この時彼女は70歳を越していたにもかかわらず、この香水の香りに魅せられた隣国のポーランド王が彼女に恋をし、結婚を申し込んだと伝えられています。これも、香りが年齢の壁を越えて、本能を支配したいい例です。「香り」は見えないもうひとつの洋服であり、その人を表現するパーソナリティーのひとつ。ぜひ、狙っている男性がいたら、その方が好む香りをリサーチして、さりげなく本能に訴えてみる作戦はいかがでしょうか。

好まれる香りのつけ方を心得ましょう

香りには、おしゃれの総仕上げとして身に着ける「香水」的な役割のものと、アロマテラピーに代表されるように、気持ちを高揚させたり、あるいはリフレッシュ、リラックス作用を促すことを目的にしたものがあります。化学的なもの、天然成分を使ったものなど、成分構成はその人の好みがあると思いますが、大切なことは「自分が心地よいと感じる香りを選ぶ」ことであり、「他人の領域に浸食して不快な思いをさせない」ことのような気がします。

自分がどんなに好きな香りでも、人によっては迷惑と感じることもある、と自覚することが大切です。他人を不快にさせないためには、それにはつける位置や量、場所をわきまえることが必要。TPOにあった香りを選び、決して香りが強すぎないこと。立ち去った時にほんのりとした香りを残すくらいが上品。首筋、手首、足首など脈を打つ部分にほんの数量をつけると、脈を打つたびに体温によって少しずつ拡散されるのでおすすめです。

また、香水には下記のように3段階で香りの立ち方が変化することも念頭に置くといいでしょう。

●トップノート : つけてから10分程度。香水の第一印象
●ミドルノート : つけてから3時間程度。香水のボディ
●ラストノート : つけてから12時間程度。香水の余韻

グラデーション的に変化する香りを意識してその日の香水を選べば、時間の流れによって異なる自分を演出できます。また、大切な人へのお手紙にほんの少し香水をつけたり、ふだん使いのスリッパやハンカチなどにつけるのも、さりげなくあなたらしさを印象づけられるテクニックです。

心をコントロールする香りを上手に活用

おしゃれやファッションとしての香り以外に、香りには、心をコントロールするのに役立つ以下の働きがあります。

1.気持ちや神経を休ませる鎮静効果
2.心を和やかに明るくしてくれる高揚効果
3.心身を温め情緒を安定させるリフレッシュ、リラックス効果

香り好き、香水好きの私ですが、仕事上、香水をつけるのは控えていますし、主人は無臭が好きなので、自宅でも服に香水をつけて……、ということはほとんどありません。ただ、香りがもたらす素晴らしい効能は実感していますので、夜や翌日がお休みの日の場合は、大好きな香りを私なりの方法で楽しむようにしています。

●古くなった香水は湯船に1滴垂らす

いつまでも使い切れずに粘度が出てしまった香水は、お風呂の湯船に1滴たらして香りを楽しむようにしています。水蒸気によって香りが拡散されやすくなり、一瞬で気持ちを切り替えることができます。

●香りのあるボディシャンプーで洗いながらリラックス

私のお気に入りは、ほんのりとラベンダーの香りがするボディシャンプーです。気持ちの良い香りの泡で体を洗うと1日の疲れも一緒に洗い流され、気持ちまでスッキリします。洗い流したあとにほのかに残る香りも私を楽しませてくれます。

画像2天然由来の石けん素地に、スクワランを配合したボディシャンプーは、すべすべなめらかな洗い上がりがお気に入り。ほのかに香るラベンダーの香りでバスタイムがリラックスタイムに。ラベンダーボディシャンプー/ハーバー研究所

●オイルにオーデコロンをプラス

ちょっと香りが欲しいと思った日は、スクワランオイル(無香料の美容オイル)にオーデコロンをプラスしたものを、ボディクリーム代わりに使っています。体温で少しずつ香りが立ってくるので、さりげなく楽しめます。

●就寝前に、下着の横に1滴

自宅のトイレの洗面台には、たくさんの香水瓶が並んでいます。パッケージが美しいということも飾る理由ですが、夜寝る前にその日の気分によって選んだ香水を1滴、パンツの脇の部分につけるのです。少し疲れている時は、爽やかな新緑の香りのもの、楽しいときは甘いフローラル系など、その日の気分に合わせて選びます。寝ている間に徐々に香りが上がってきて、ちょうど良い感じに。これ、おすすめです!

画像3自宅のトイレの洗面台の上に飾ってある香水瓶の一部。大きいサイズは使い切れないので、海外に行くときなどに免税店でミニサイズの香水を買うのが楽しみです。

ありのままの自分に戻れる香りを

最後に、私が「素」の自分に戻れる香りをご紹介します。
出張で留守にする時以外は、必ず行う日課がお仏壇への祈りです。朝は「いってきます。今日も頑張ってきます」というあいさつとともに、そして帰宅後は「今日も無事に帰ってきました。お守りいただきありがとうございます」という感謝の気持ちを込めてお線香を立てるのですが、この香りを「白檀(びゃくだん)」、「沈香(ちんこう)」に決めています。この2つはもっともポピュラーな香木ですが、この香りを嗅ぐと反射的に心が落ち着きます。結婚してからずっと続けているので、私にとってはなくてはならいお守りの香りのような存在とでもいいましょうか。

香りは大変奥が深いものですが、手軽に取り入れることができるのも魅力です。より自分らしく過ごすためのツールとして、さらにはより良い生活を送るために、香りを役立ててみてはいかがでしょう。(文=土屋綾子)