軽やかな筆づかいと明るい色彩で身近な女性たちの日常を描き、特に温かい眼差しで捉えた母子像の作品でよく知られるメアリー·カサット。その包み込むような優しい作風は、見る者にも安らぎや癒しを与えてくれます。
《母の愛撫》1896年頃 油彩、カンヴァス 38.1×54.0cm フィラデルフィア美術館蔵 Courtesy of the Philadelphia Museum of Art, Bequest of Aaron E. Carpenter, 1970
1844年に米国ペンシルヴェニア州ピッツバーグ郊外に生まれ、画家を志し21歳の時に父親の反対を押し切ってパリに渡ったカサットは、エドガー・ドガと出会ったことがきっかけで、印象派画家としての道を歩みます。が、当時はまだ女性の職業画家が少なかった時代。さまざまな困難を乗り越えて、印象派の女性画家として大成しました。
そのカサットの、国内では35年ぶりとなる大回顧展が横浜美術館にて行われます。「眠たい子どもを沐浴させる母親」などの代表作を始め、ボストン美術館から初来日する「桟敷席にて」も見どころ。また、カサットが日本の浮世絵版画に影響を受けて制作した版画や、多色刷りの銅版画シリーズも公開されます。
実はカサットはパリのエコール・デ・ボザールで開催された浮世絵版画の展覧会に大きな影響を受けていて、歌麿や清長の風俗表現や平面的な画面構成を研究し、それは彼女の油彩画にも変化をもたらしました。また、母子像をテーマとする独自の画境を切り開き、1892年のシカゴ万国博覧会の女性館においては、「現代の女性」をテーマにした壁画の制作に取り組み、新しい時代の女性像を表現するようになっていったのです。
今回の展覧会では、交流のあったエドガー·ドガ、ベルト·モリゾの作品、カサットが愛した日本の浮世絵版画の作品なども多数展示。時代の新しい扉を開いた女性画家の強くしなやかな人生そのものを、じっくり体感できそうです。
左:《眠たい子どもを沐浴させる母親》1880年 油彩、カンヴァス 100.3×65.7cm、ロサンゼルス郡立美術館蔵 Digital Image © 2015 Museum Associates / LACMA. Licensed by Art Resource, NY
右:《沐浴する女性》1890-91年 ドライポイント、ソフトグランド・エッチング 36.7×26.8cm ブリンマー・カレッジ蔵 Courtesy of Bryn Mawr College
そして、カサット展に合わせて開催されている「横浜美術館コレクション展2016年第1期:しなやかさとたくましさ―横浜美術館コレクションに見る女性の眼差し」も必見です。横浜美術館は、渡辺幽香、上村松園をはじめとする明治の画家、片岡球子、桂ゆき、田中敦子、福田美蘭、石内都、内田あぐり、遠藤彰子、辰野登恵子、松井冬子など、日本を代表するさまざまな分野の女性作家の作品をコレクションしています。これら「女性作家」をテーマとした展示は、実は今回が初めて。各時代の女性アーティストたちのリアルな目線を、その作品からじっくりとたどることができます。
松井冬子《世界中の子と友達になれる》2002 年(平成 14年) 絹本着色、裏箔、紙、181.8×227.8cm、寄託
ちなみに日本における女性洋画家の草分け的存在の渡辺幽香は、メアリー・カサットがシカゴ万博博覧会(1893年)で壁画を描いた女性館に、日本を代表する女性画家の一人として「幼児図」を出品しています。その幽香の作品もここでご覧いただけます。
1889年開校の東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部の前身)には、開設当初、女性の入学者は一人もいませんでした。メアリー·カサットと同様、日本でも女性が画家を志すのがまだ困難だった時代に、自分の道を突き進んだ作家たちがいました。彼女たちの作品もまた、多くの女性たちの励みになるに違いありません。
●横浜美術館
「メアリー·カサット展」6月25日~9月11日
「横浜美術館コレクション展2016年第1期:しなやかさとたくましさ―横浜美術館コレクションに見る女性の眼差し」6月25日~9月11日
http://yokohama.art.museum/