記憶に新しい昨年のフォルクスワーゲンの排ガス・スキャンダル。エコ大国といわれるドイツを代表する企業の不祥事は、難民問題と共に昨年の国内トップニュースとなった。社長も辞任し、新しいマネージメント体制で再出発。つい先日も、アメリカでは問題のある車を買い戻すという発表をしたばかりだ。
フォルクスワーゲンは常にスポーツや芸術関連のイベントなどのスポンサーとなり、社会的にも貢献してきた企業だ。その拠点の街ヴォルフスブルクには、長谷部誠選手が所属していたサッカーチーム「SVヴォルフスブルク」の球場や、現代アートのコレクションを展示するアートミュージアムもある。このミュージアムに昨年、新たなキューレションディレクター、ラルフ・バイルが就任し、彼のディレクションによる初の展覧会≪ヴォルフスブルク・アンリミテッドWolfsburg Unlimited≫が4月23日から開催されている。
中央で作品の背景を説明するディレクターのラルフ・バイル氏。
会場はこのミュージアムをメインに、街中の有名建築や象徴的な場所も使われている。たとえばヴォルフスブルク市庁舎の鐘が、ルーリードの「パーフェクト・デイ」やアバの「マネー・マネー・マネー」、ビートルズ「ヒア・カムズ・ザ・サン」、トルコの民謡などメロディーを1時間ずつ鳴らすといった趣向もある。このアート展は、市民を巻き込んでの大プロジェクトとして、プレス・カンファレンスにはドイツ中から報道陣も多く参加した。
アートミュージアム内に作られたジュリアン・ローゼフェルトの大掛かりなインスタレーションは、高さ16メートルの、実物大のコンテナターミナルのドライブイン・シネマ。並ぶ車は特にフォルクスワーゲン車には限らない。圧巻の大作。
ヴォルフスブルクは1938年、ナチス時代にKdF(歓喜力行団、喜びを通じて力を!という市民を奨励するプログラム)の車、フォルクスワーゲン・タイプ1を生産するために建設された街だ。そして戦後の高度成長期、西ドイツの経済を担ってきた街でもある。展示は考古学の時代にまで遡るが、ヒトラーがモデルカーを嬉しそうに眺めている写真の隣にはベルギー人現代アーティスト、リュック・タイマンスが描いたヒムラーの肖像画が並ぶなど、歴史と現代アートを融合させた見せ方をしている。
フォルクスワーゲン・タイプ1 オリジナル。
70年代や80年代の広告ポスターやテレビコマーシャルや映画などの映像は、今ではアート作品と化している。そして驚いたことに、昨年のスキャンダルを特集したシュテルンなどの雑誌がアートオブジェクトとして展示され、元社長ウィンターコーン氏の謝罪会見までもが、ビデオ・インスタレーションで紹介されている。
左:イギリス人デザイナー、ジョナサン・バンブルックのパリ環境カンファレンスのためのポスター。右:なんでもラッピングしてしまうことで有名な芸術家クリストはVWビートルもラッピングしていた。
昨年のスキャンダルはヴォルフスブルク市民にとっても大きなショックで痛手だったが、今回の展示は社会とアートをつなぐことで、市民の意識とプライドをより高めるという狙いもあるという。
会期中はアートやデザイン、歴史についてのディスカッション、市内の建築ツアー、ジョギングセッション、映画上映と関連イベントもたくさん用意されている。自粛ではなく、反省と再生の勇気と会話を促すというこのプロジェクトに、苦境を乗り越えるドイツ人のポジティブさをまた目の当たりにした。
●Wolfsburg Unlimited
会期は2016年9月11日まで
http://www.kunstmuseum-wolfsburg.de/