先日、表参道のギャラリーで開かれた「ウィンザーデパートメント」展に出かけました。この展覧会は、いまをときめく3組のデザイナーが、ウィンザーチェアという古くから日常的に使われてきた椅子をそれぞれ独自に考察し、その新しいあり方を探る研究発表の場です。4回目となる今回は過去の作品も会場に並び、デザインの思考の過程も見ることができました。
gallery 5610で6月10日〜18日に開催された「Windsor Department」展。Photos by Kenta Hasegawa(以下すべて)http://windsordepartment.com
ウィンザーチェアってどんな椅子? ピンとこない方も、どこかで一度は目にしたことがあるはず。木製の厚い座面に、同じく木製の細長い棒が脚や背に接合されているのが基本の形です。17世紀後半からイギリスでつくられるようになったといわれ、宮廷家具のような権威や地位の象徴ではなく、普通に暮らす人たち、すなわち庶民の椅子として広まりました。いまも世界中のさまざまな場所で使われています。
ウィンザーデパートメントは研究会のグループ名で、ウィンザーチェアの形式を継承しつつ、革新させることを目指しています。これを「リ・デザイン」といいますが、椅子の歴史において珍しいことではありません。「Yチェア」で知られるデンマークの椅子デザインの巨匠ハンス・ウェグナーも、名もなき古い椅子のリ・デザインから、後に名作といわれるようになる椅子を生み出しました。
研究会に参加するデザイナーは、藤森泰司さん、林裕輔さんと安西葉子さんからなるドリルデザイン、猪田恭子さんとニルス・スバイエさんからなるイノダ+スバイエの3組。それぞれ家具やプロダクトのデザインで活躍しています。
左から、藤森さん、猪田さん、安西さん、林さん。イノダ+スバイエはイタリア・ミラノを拠点としています。スバイエさんは遅れての来日だったため、この日は欠席。
この研究会は自発的な活動ながら、毎回試作まで行っています。下の写真に並ぶのは藤森さんのこれまでの作品で、いずれにも「いまの時代に自分が使うとしたら」という藤森さんの視点がうかがえます。藤森さんは椅子をデザインするときにいつも、「どこで誰が使うのか、何脚置かれるのか、シーンと一緒に考える」そうで、ウィンザーチェアの基本は木製ですが、頭に描いたシーンに合わせてスチールや樹脂なども使っています。
過去の試作品から後に商品化されたものも。「Ruca」(左端の2脚)と「Flipper」(左から4番目)は「COMMOC」から販売されています。http://commoc.jp
ドリルデザインは「ウィンザーチェアのどこか懐かしい雰囲気に惹かれていた」といい、初回(奥の肘付きの椅子)は板材を切り出した四角い断面の部材でその雰囲気を出すことに挑戦。2回目以降は部材数を減らすことと全体の軽量化に取り組み、前回(手前の椅子)は座面を籐張りにして、積み重ねられるタイプをつくりました。
「BEETLE」(奥)は「COMMOC」から、「VILLAGE」(奥の左隣)と「OFFSET」(手前)は「TIME & STYLE」から、それぞれ販売されています。http://www.timeandstyle.com
イノダ+スバイエは「クラシックなウィンザーチェアスタイルに何か新しい要素を」という発想から、初回は木と人工大理石を組み合わせて製作(奥の右から2番目)。ただ、この椅子は重く、猪田さんがミラノから担いで日本に持ってくるのに苦労したため、次はすべての部材をバラバラにできる組み立て式のものを考案。そして前回は、もたれるのに笠木(背もたれの最上部で、横に渡す部材)は必要ないと判断し、これをなくしました(右端)。この過程では座面も、強度に関係ない部分は極限まで薄く削り込み、軽快にしています。
そして今回、3組のデザイナーが発表した新作はこちら。藤森さんの「トレモロ」は一見、子どもが描いた椅子の絵のように単純な形ですが、サイズやバランスなどを丹念に調整しています。「椅子が少しでも身体に反応して動くと気持ちいいから」と、背もたれのスチールはあえて細い部材を使い、体重をかけると柔らかくたわむようにもしているところもミソ。
藤森さんの「Tremolo」。天然木とスチールの組み合わせ。スチールには、左は銅メッキ、右はクロムメッキを施しています。
ドリルデザインの「アーガイル」は軽量化とともに座り心地も追求して、座面を布張りに。また、ウィンザーチェアはもともと深く腰掛けるタイプの椅子ではありませんが、それができたらおもしろいだろうと、背棒をハの字にして腰の部分をサポートする新しい座り心地を目指しました。このハの字の後ろには強度を確保するための部材をVの字に入れています。
左はドリルデザインの「ARGYLE」。右はイノダ+スバイエの「Petalo」。ペータロはイタリア語で花びらの意味。
イノダ+スバイエの「ペータロ」は、なんとも驚きの形。前回で一つの最終形にたどり着いたことから、二人はこの研究会を抜けようとも考えていたそうです。けれども、やはり参加することを決めたときには展覧会まで2週間しかありませんでした。そのため新作は、つくりやすいように背棒を少なくしています。同時に、座り心地を左右する背もたれを大きくしようとも考え、このような形が生まれました。
「これはウィンザーチェアといえるのか?」と猪田さん自身も思うそうですが、座面に背棒が接合するという形式は継承しています。「ギリギリのところを狙った感じですね」。充分に検討する時間がなく、二人がデザインで常に重視していることが実現できていない部分もありますが、藤森さんは「よく見ると、二人らしいつくり方が反映されている」といい、林さんも「このような構造は見たことがない」と感服していました。
デザイナーやつくり手の椅子との向き合い方、形の発展のさせ方はそれぞれ異なります。今回は研究発表の展覧会だったのでそれが顕著に表れていますが、インテリアショップや家具店に置いてある椅子も同様です。興味をひかれた椅子があったら、お店の人にデザインや形の成り立ちを聞いてみてはいかがでしょう。その椅子が生まれるまでの物語を知ると、親しみや愛着がもてて、デザイナーやつくり手の思いを大事にしながら使おうという気持ちになるはずです。
藤森さんは「椅子は、その場しのぎではなく、長くつきあえるパートナーとして選ぶことが大事。とはいえ、大袈裟に捉えることはなく、座ったときの感覚や触り心地、存在感など、自分にとって好きなところを見つけていくことから始めるといいと思います」と話していました。このアドバイス、椅子を選ぶときに思い出してくださいね。