皆さんはラタン(籐)というと何を思い浮かべますか? リゾートホテルの家具、あるいは温泉旅館の脱衣場の敷物でしょうか。籐は古くから人々の暮らしのなかで親しまれてきた天然素材で、歴史をさかのぼると古代エジプトで籐のスツールが使われていたことがわかっているそうです。
日本に籐が伝わったのも1000年以上前。武器や建築部材の一部に用いられていたのが、江戸時代に生活用品に使われるようになって籐工芸が発達し、明治時代以降、籐の椅子や乳母車などがつくられるようになりました。籐むしろと呼ばれる籐の敷物も江戸末期から明治初期に中国から入ってきたと言われています。
籐は東南アジアの熱帯雨林に自生するヤシ科の植物で、たくさんのトゲに覆われています。生長時はそのトゲを使って周囲の樹木にからみつきながら太陽の光を求めて上方に伸びていき、長いものは200メートルに及ぶほど生命力の強い植物なのだとか。
そんな籐の特長は、軽く、しなやかで折れにくく、耐久性に優れること。軽いといえば、イタリアモダンデザインの巨匠ジオ・ポンティがカッシーナ社との共同開発により、1957年に発表した椅子「スーパーレジェーラ」の座面も籐張り。椅子の機能と美しさを極限まで追求したこの椅子は重さがわずか1700グラムで、スーパーレジェーラ=超軽量は籐なくして実現しませんでした。
座面の籐は職人による手編み。右は発表当時の広告写真。カッシーナ・イクスシー http://www.cassina-ixc.jp
また、柔らかく加工しやすい性質を活かし、籐は曲線のデザインの家具にもよく使われています。下左は日本を代表するインテリアデザイナーの剣持勇が、1960年開業のホテルニュージャパンのラウンジのためにデザインした「ラタンチェア」。20世紀を代表するデザインとして、日本の家具では初めてニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品に選ばれました。下右はデンマークのデザイナー夫妻のナナ&ヨルゲン・ディッツェルが1957年に発表した「ハンギングエッグチェア」。吊るして使う椅子で、包み込まれる感覚と独特の浮遊感があり、欧米を中心に今なお愛されています。
左:ワイ・エム・ケー長岡http://ymk-pro.co.jp 右:ヤマカワラタンジャパン http://www.yamakawa-rattan.co.jp
これらはいずれもデザイン史にその名を刻む椅子です。見た目の軽やかさも籐製品の魅力で、インテリア小物にも籐製品が多く見られるのは、そんなところも理由でしょう。
一方、こういう籐の使い方があったかと、その斬新さにハッとしたのが、インテリアショップのメトロクスがトラフ建築設計事務所と共同開発したという壁掛けミラー「wawa」です。製造は山形県の籐製品の老舗メーカーのツルヤ商店で、太い籐を限界まで曲げて固定したフレームは、丁寧な手仕事によってつくられています。トラフはツルヤ商店の工場で目にした製造途中のカゴの縁から、このデザインを生み出したそうです。
8月発売予定。メトロクス photo by Masatoshi Takahashi styling by Yumi Nakata https://metrocs.jp
さて、籐にはもうひとつ大きな特長があります。それは多孔質であること。電子顕微鏡で見ると、断面にも表面にも大小さまざま孔を実にたくさん持つことがわかります。その孔で空気中の水分を吸着し、同時に不快な臭いも引き寄せるので、籐には調湿性と消臭性があるのです。また、皮やトゲを取り除いた後の表面はホーロー質で、ひんやりしています。日本で昔から夏に籐の敷物が愛用されてきたのは、こうした性質が高温多湿の不快さをやわらげ、さわやかに暮らせることが知られていたからです。
愛知県の籐敷物メーカーの野々山籐屋は、籐の消臭性がさらに活きるように、触媒による臭いの分解機能を加えた「抗ウイルスラタンカーペット」を製造販売しています。その製造時に出る端材を有効利用した冷蔵庫用の消臭剤「ムッシュラタン」は、籐の自然の力を手軽に知ることができておすすめ。ナチュラルなデザインは置き場所を選ばず、冷蔵庫内だけでなくトイレや靴箱などでも効果を発揮します。
同社は籐の良さに気づいてもらう、あるいはその良さを見直してもらうきっかけとして、この消臭剤をつくっているそうです。これまで籐製品に縁のなかった人も、入門編におひとついかが?