上海の骨董店を訪れると、ヨーロッパ調のアンティークの多さに驚きます。アールデコのランプに銀食器、ステンドグラス。ほとんどが70~80年前に上海で実際に使われていたもので、この街が租界地としての時代を経てきたことを実感します。
この時代のインテリアを贅沢に設えた空間でハイエンドな上海料理を堪能できるのが、愚園路にある「福1015」です。系列店の「福1039」「福1088」と共にオールド上海の雰囲気を濃厚に残す老洋房(庭付きの洋館)レストラン。中でも「福1015」は一番グレードが高い店です。
建物は1930年代に銀行家の邸宅として建てられた一戸建て。店の看板は出ておらずダイニングは11室の個室のみ。木造の階段やステンドグラスの扉などを昔のまま生かし、各部屋には重厚なアンティーク家具や骨董が設えられています。
バカラやラリックのアンティークグラス、清代の磁器、マホガニー材のチェスト、スタインウェイのピアノ、30年代に日本の職人が上海で作ったという銀器。多くはこの店のオーナーが上海で買い集めたコレクションで、建物全体がまるで博物館のよう。何度訪れても圧倒される美しさです。
エグゼクティブシェフを務めるのは、中国でも気鋭の名シェフとして知られるトニー・ルー氏。オーソドックスな上海料理をモダンに解釈し、今の上海ならではの洗練された味わいを追求しています。
先日、幸運にもオーナーご夫妻にご馳走になる機会がありました。献立は燻魚や糯米藕(もち米を詰めたレンコン)といった定番の上海料理を一口ずつプレートにのせたオードブルに始まり、続いて松茸とキヌガサタケのスープ。
メインディッシュはカリカリに焼いた自家製トーストの上に、蟹味噌と蟹肉をあえたものをのせて食す一品。口に入れると、しばらく言葉を失うほどの美味!
ご飯ものは小さな土鍋が出てきました。甘辛いタレがかかったご飯の上に、干しアワビと紅焼肉(豚バラ肉の醤油煮込み)、黒トリュフ、それに雲南省産の高級キノコ・羊肚菌が一片ずつのせられ、夢中になって箸を進めてしまいます。
デザートは油条を添えた豆乳のアイスクリーム。油条とは小麦粉を練って揚げた上海風揚げパンのようなものですが、これをカラッと乾燥させ、まるでビスコッティのような食感です。「上海は昔から食に対する変化が早い街。西洋料理をいち早く受け入れ、『海派菜』と呼ばれる海外の要素を取り入れた料理もたくさん存在します。この店では最上の食材を使い、新しいものを取り入れながら、常に進化する現代の上海料理を供しています」と、オーナー。
料金は一人800元(約1万2000円)から。決まったメニューはなく、事前予約のみ。人数は5,6人から受け付けるスタイルです。旅行者には予約のハードルがやや高いためか、今年9月に中国大陸で初めて発売された「ミシュランガイド上海2017」でこの店が一つの星さえつかなかったことは、地元の美食家たちの間でもずいぶん話題になりました。
上海の真髄が宿る料理とインテリアを堪能しつつ、この街の時の流れそのものを感じられるファインダイニング。「福1015」は三ツ星以上の、いや、星では測りきれない特別な価値のあるレストランだと、個人的には思っています。
●福1015
住所:上海市愚園路1015号
TEL:021-5237-9778 ※要事前予約