「閣主のプライベートレストランの予約がとれたの。行かない?」
上海のタブロイド誌でグルメエディターをしている友人から連絡があり、2ヵ月先の土曜日の夜の予定が入りました。閣主とは梅璽閣主(メイシーコーチュー)のニックネームを持つエッセイストの邵宛澍(シャオ・ワンシュー)さんのこと。以前に読んだ「下厨記」という料理のエッセイが面白く、一度会ってみたいと友人に話していたのです。
彼女によれば、邵さんは李鴻章の盟友で中国の実業の父ともいわれる盛宣懐(ション・シュワンホワイ)の玄孫にあたり、上海では名門中の名門とされる家柄の出なのだとか。上海方言の研究者でもあり、まだ40代ですが趣味人としても有名だそう。「成金のグルメとは違う。代々続く筋金入りの美食家よ」。 そんなすごい人が自ら料理を作るレストランを週末だけ始めたとのこと。口コミのみで2、3ヶ月先まで予約がうまっているそうです。最近、上海では一卓を10人前後で囲み、シェフがそのテーブルのためだけに作るというプライベートレストランが流行しています。邵さんのように料理のプロではない人が趣味的に開く場合もあります。
教えてもらった住所にあったのはかなり古びたオフィス。建物の入口を奥に入ると住居スペースが現れ、一室をレストラン用に改装してありました。まさに隠れ家です。ドアを開けると、エプロンをかけた邵さんが忙しく動き回っていました。一台の円卓にゲスト10人が着席。手伝いのスタッフもいて、料理が次々と運ばれてきます。上等な紹興酒に浸けた上海蟹、さっとゆでて醤油ベースのソースをからめたぷりぷりの食感の川エビ、邵家に代々伝わる特製のタレを使った川魚の前菜「燻魚」。伝統食材だという雲南省のヤクのチーズと雲南ハムは香り高く、ワインをついついおかわり。上海名物の「紅焼肉(豚ばら肉の醤油煮込み)」は口の中でほろほろと肉が崩れ、品のよい甘さがなんとも美味です。さらに、友人が「閣主に料理してもらいたくて事前に送っておいたの」という高級キノコ「羊肚菌」がスープ仕立てで登場。最後は高菜の炊き込みご飯にラードを好みで溶かして食べるという、バターご飯を思わせる一品で締め。全部で20品!
「僕が作るのは基本的に自分が昔から家で食べてきた上海の家庭料理です。僕は食べるのも作るのもすごく好きなんです」と、邵さん。調理の合間にダイニングへ来て、みんなの反応をうかがう様子は真剣そのもの。まるでプロのシェフのようです。それにしても、上海の昔ながらの名家には豊かな家庭料理が伝わっているんだなあと驚きました。プライベートレストランの値段は一卓3000~5000元(約6万~10万円)が相場です。通常は割り勘ですが、この日は例の友人が「今日は楽しかったからいいわ!」と、ぱーっと10人分を支払ってお開き。なるほど、作るほうも食べるほうも上海の筋金入りの食いしん坊は中途半端なことはしないのだと、つくづく感心したのでした。