Brighton:ブライトン
2016-09-14
ロンドンで「サーペンタイン・パヴィリオン」を愉しむ

気温が摂氏30度を越えればりっぱな「猛暑」と呼んでいいイギリス。8月にはブラントンでもその猛暑が1日ありました。電車で1時間ほど北にいったロンドンは、たいていいつもブライトンより気温が高くて、夏日も多かったもよう。そうはいっても吹きわたる風がさわやかで、日本の猛暑とは比べものにならならないですけどね。そんなよく晴れた休日に、ロンドンに8つある王立公園のひとつ、ケンジントン・ガーデンズに出かけました。

この日の予定は、西の一角にあるケンジントン宮殿近くから公園に入って、そばのダイアナ記念プレイグラウンドで子どもを遊ばせ、それから南に向かって公園をつっきり、門を出てすぐのところにあるサイエンス・ミュージアムに向かうというもの。しかし! おりしも夏休み。プレイグラウンドは超満員のため早々に退散せざるをえず、いきなり南に進路変更することに。とちゅうの池で白鳥をみたり、巨木に願をかけたりと、それなりに楽しんだのはいいのですが、なにしろこの公園、広いんです。おまけに地図や標識などはいっこうに見かけず。おまけにリスを追いかけたあげくすっかり方向感覚をうしない、はたと気づいたときに忽然とあらわれたのがこの建物。

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スカートのようにひろがるこの箱のかたまり、種を明かせば、もはやロンドンの夏の風物詩(?)と呼んでもいい「サーペンタイン・パヴィリオン」。公園内にあるアートギャラリー・サーペンタイン主宰で2000年に始まったこの建築イベントは、毎年ことなるアーテストを選び、ギャラリー前の芝生にたてる仮設の建物を発注するというもの。パヴィリオンの大きさは300平米ほどで、依頼を受けてから6ヵ月という短い期間で完成させるのが基本ルール。選ばれるのはイングランドでの実作例のないアーティストに限られます。こうした共通の条件があるうえに、夏季限定の仮設というカジュアルさも手伝って、ちょっとした冒険とでもいうか、とても実験性の高い建築が毎年見られるのです。

過去に世界中の錚々たるたる建築家が名をつらねたパヴィリオンを今年手がけたのは、「BIG」を率いるデンマーク出身のビャルケ・インゲルス。近くで見ると、グラスファイバー製の長方形の筒を重ねて構成してあります。どの角度から見ても違った表情になるので、いつまでも見飽きないのです。

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日中はカフェ営業しているので、ここでようやくコーヒーと水にありつき、ほっとひと息。と思ったのもつかのま、子どもがグラスファイバーの筒をくぐって遊びはじめ、さらにはどんどん上に登りはじめ……いま飲んだ水がどっと汗に。さっきプレイグラウンドで遊べなかったから……。建築構造上の、素材の、そしてデザイン的な冒険もさることながら、大型遊具としても冒険できるとは、BIG様でも思うまい。

ほとんど毎年、このパヴィリオンを見続けていますが、今年はどんなものを見せてくれるのかと、いつもわくわくします。世界中の人々が訪れる注目の舞台でもあり、しかも思い切った冒険ができるとあって、つくり手の意気込みや遊び心がひしひしと感じられるのがいいところ。さらに今年は4棟の「サマーハウス」が登場してこのイベントがパワーアップしました。サマーハウスと呼んではいますが、小屋風オブジェと表現するほうが正解でしょうか。屋根がないので雨やどりは無理ですが、脚を休めるくらいの役にはたちそうです。

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なかでも、合板をグニュグニュと曲げに曲げて貼り合わせたバーコウ/ライビンガーの作品がとても居心地がよくて気に入りました。しかも、となりのブースが見えにくかったり、地面近くからパネルの裏側に(小柄なひとなら)入り込めたりと、かくれんぼに最適! 4つの中でも、いちばん座りたくなる作品でした。

パヴィリオンよりもサマーハウスのほうが規模が小さく、機能性を求められないぶん、よりストレートにアイデアを表現したものとなっています。いわば「ひとネタ」建築とでもいいましょうか。アシフ・カーンの作品は、石庭風なので日本人にはやけにわかりやすく感じるし、クンレ・アデイェミ作品はずばり彫刻。建築理論家として知られるヨナ・フリーマンの作品は錆びたジャングルジム……ではなくて、モジュラー構造の「モバイル博物館」だそうです。

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この4棟を見下ろすように、キャロライン王妃聖堂と呼ばれる古いあずまやが建っています。サマーハウスは、この聖堂へのオマージュとして構想されたそうです。

queen_carolines_temple_-_photo_by_garry_knight-2Queen Caroline’s Temple, Kensington Gardens, London; Photo by Garry Knight

18世紀のはじめのイギリス王妃キャロラインは、夫ジョージ2世よりよっぽどデキる人物で、「国を治めているのは王ではなくて王妃」といわれていたとか。とくに政治家ウォルポールの支援者として知られています。なにしろ哲学者ライプニッツが先生で、音楽家ヘンデルと親しく、みずから天然痘の種痘を奨めてフランスの思想家ヴォルテールから賛辞を送られるという開明ぶり。当時すたれかけていたケンジントン・パークを整備させて、ギャラリーの名前のもととなったサーペンタイン湖や、公園の真ん中あたりの池をつくりだしたのもキャロライン王妃。現代の建築家がオマージュを捧げるに足る、いい仕事を後世に残してくれたといえます。そんなこんなでサマーハウスでも遊んでいるうちに、サイエンスミュージアムに行く時間がなくなって、またも予定変更になってしまったのでした。今年のパヴィリオンは10月9日まで。(※参考情報として、ギャラリーは次の展示準備のため9月29日まで閉館。パヴィリオンはみられます)