cinema
2015-10-14
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#06 ちょっと切ないアートをめぐる実話

街の花屋の店先にコスモスが揺れ、もうすぐ紅葉の季節がやってくるなぁと感じるこの頃。今回は、そんなもの思いの秋に相応しい出色のアート・ドキュメンタリー2作をご紹介いたしましょう。

『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』は、今から5年前のある日、ジョン・マルーフというシカゴ在住の青年が、ガレージ・セールで大量の古い写真のネガを手に入れたことから始まります。このときマルーフ青年が、撮影者の名前をネット検索した際には1件もヒットなし。ところがこのヴィヴィアン・マイヤーの写真を共有サイトFlickrに投稿したところ、大評判を得ます。そうして2009年、青年が再びネット検索したところ、今度は1件だけヒット。しかしそれは、マイヤーが数日前に亡くなったという死亡記事でした。そこから青年は彼女を知る人々を訪ね歩き、彼女が生涯、住み込みのナニー(乳母)だったと知ることになるのです。

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大柄で古めかしい服に身を包み、まるでナチスの行進のようにずんずん歩いて子供たちを散歩へと連れ出したこと。その首には常にカメラが下げられていたこと。しかし誰一人として彼女の写真を見た人がいなかったこと。溜め込み魔で、部屋を絶対に誰にも覗かせなかったこと。天涯孤独だった彼女は「変わり者」で、子守りをしてもらった人の中で「子どもが大好きだった」と彼女を良く言う人もいれば、「『オズの魔法使い』の悪い魔女みたい」という人もいる。

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ロバート・フランクやダイアン・アーバス等の巨匠フォトグラファーらと比べられるほど、被写体の人生や風景を完璧に切り取ったマイヤーの写真群。展覧会は、ニューヨーク、ロンドン、パリをはじめ世界各地を巡回中で、写真集は売り上げ全米1位を記録。この偶然の発見から奇蹟の後日譚までを青年自身が描いたこのドキュメントも、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートと、マイヤー伝説は世界に広がってゆきます。

しかし非凡な才能を持ちながら、生前の彼女は自らのライフワークについて沈黙を貫き、孤独のうちに世を去った彼女はそれを望んだのか、切ない思いは巡ります。

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彼女自身の数奇な人生を想うとき、孤独の中で30年にわたり「非現実の王国」を描き続けたヘンリー・ダーガーのことが頭をよぎります。ダーガーは、アウトサイダー・アートの代表として知られていますが、このアウトサイダー・アート、つまり美術の権威とは無縁のアートについて、そして人生について深く考えさせるもう1本が『美術館を手玉にとった男』です。こちらは、全米20州にわたる46の美術館に、ピカソやマグリットなど、100点を超える贋作を寄贈していた男マーク・ランディスのドキュメント。

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タイトルから、美術界という権威に揺さぶりをかけるパフォーマンス・アーティストを追った作品かと思いきや、当のランディスは10代の頃から統合失調症と診断され、数年前に唯一の身内だった母親を亡くし、心の平穏を求めてこの贋作製作と寄贈を繰り返していたと小さな声で訥々と語るのです。これまた彼の主治医やケースワーカー、近隣住人も、彼の活動については知りませんでした。

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この事件は、ある美術館職員がランディスの贋作寄贈に気づき、ジャベール警部(「レ・ミゼラブル」)のごとき執拗さで彼を追跡したことから世に知らされることになります。美術館という権威に赤っ恥をかかせたランディスですが、模写が好きだった幼少期の安らぎに立ち返り、ささやかな尊厳を得るための“慈善活動”だったと淡々と語る言葉に、騙される方が悪いんじゃ?と思わず権威に対抗して、ランディスの肩を持ちたくなるのです。

sub0_cullman_small©Sam Cullman

●ヴィヴィアン・マイヤーを探して
監督:ジョン・マル―フ、チャーリー·シスケル
出演:ヴィヴィアン·マイヤー、ジョン・マル―フ、ティム·ロス、他
10月10日よりシアター·イメージフォーラム他全国順次ロードショー
配給:アルバトロス
http://vivianmaier-movie.com/
Photos © RAVINE PICTURES,LLC All Right Reserved

●美術館を手玉にとった男
監督:サム·カルマン、ジェニファー·グラウスマン
共同監督:マーク・ベッカー
出演:マーク・ランディス、マシュー·レイニンガ—、他
11月21日よりユーロスペース他全国順次ロードショー
配給:トレノバ
http://man-and-museum.com/
Photos © Purple Parrot Films