cinema
2015-12-10
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#08 混沌の世に感じる小さな希望の光

11月13日のパリ同時多発テロ事件の後、パリ在住の映画プロデューサーから無事を知らせるメールに“自分にできることを精一杯、一日一日を大切に生きるしかない”と書かれていました。世界のカオスを前に呆然としていた頃、ここにも小さな希望の光があると感じたのが、現代の寓話『独裁者と小さな孫』でした。

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映画の舞台は、“アラブの春”を思わせる架空の独裁国家。高台に建つ宮殿で、大統領は幼い孫を膝に乗せて夜の街を眺めています。彼は自分の力を孫に誇示しようと、部下に「街中の灯りをすべて消せ!」と命令します。すると街は一瞬にして真っ暗闇に。そして「つけろ!」のひと声で、街は灯りを取り戻します。愛くるしい孫にとって、その遊びは権力の行使というより、まるでマジック!ところが次の命令に街の灯りは反応しません。国民に圧政を強いて私服を肥やしてきた、この大統領に対するクーデターが勃発したのです。

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暴徒化した市民に加え、今まで部下だった軍隊や警察からも追われる大統領と孫との逃亡劇が始まります。時にギターをかき鳴らして旅芸人を装ったり、案山子のフリをして追っ手をかわしたり。寒々とした大地を逃げてゆく二人の珍道中がユーモアを込めて描かれる一方で、彼らが目の当たりにする市民の怒りや恨みは痛烈です。やがて彼は、なんと刑務所を出た政治犯の一行に紛れることになり……。

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監督は、『カンダハール』等、母国イランやアフガニスタンの問題を幻想的な映像にのせて描き、現在、イラン政府の圧力に抗議して、ロンドンとパリで亡命生活を送るモフセン・マフマルバフ。17歳の時、革命に身を投じて政治犯となった彼は、革命後に再び殺し合いを始めた人々を目の当たりにし、憎しみと暴力からは何も生まれないと、銃をペンとカメラに持ち替えたといいます。劇中の「痛みつけられた者は、必ず復讐に来る。(戦争は)永遠に続く」という台詞には、監督自身が身をもって得た真実と、芸術をもって闘う矜持がほとばしります。

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そしてもう1本の『消えた声が、その名を呼ぶ』は、『愛より強く』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞しているトルコ系ドイツ人ファティ・アキン監督が、トルコ最大のタブー、アルメニア人虐殺事件について描いた遥かなる叙事詩です。

1915年、第一次世界大戦中のオスマン・トルコ。主人公は、妻と双子の娘とささやかな幸せを築いていたアルメニア人の鍛冶職人ナザレット。彼は突然、兄や仲間たちと連行され、砂漠での強制労働の末、皆殺しに遭いますが、ただ一人声と引き換えに命拾いすることに。

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そんなナザレットを演じるのは、『預言者』で一躍フランスを代表する注目俳優となったタハール・ラヒム。声にならない怒りと悲しみを黒い瞳に漂わせて、愛する娘を探してトルコからレバノン、キューバ、そしてアメリカのノースダコタへとたどる壮絶な旅に観る者の心を寄り添わせます。

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この迫害によって世界に散りぢりになったアルメニア人の数は、本国の人口298万人よりも多いといいます。人は歴史から何も学ばないと言われて久しいけれど、それでも映画は世界の窓だと思うのです。想像力をフル回転しながら窓の外を見つめることが、未来へと向かう曇りなき眼を養う一助になるはずだから。

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●『独裁者と小さな孫』
監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ、マルズィエ・メシュキニ
出演:ミシャ・ゴミアシュウィリ、ダチ・オルウェラシュウィリ、他
12月12日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国にて順次公開
配給:シンカ
http://dokusaisha.jp/

●『消えた声が、その名を呼ぶ』
監督:ファティ·アキン
出演:タハール·ラヒム、シモン・アブカリアン、他
12/26より角川シネマ有楽町、恵比寿ガーデンシネマ他、全国にて順次公開
配給:ビターズエンド
http://www.bitters.co.jp/kietakoe/
Photos ©Gordon Muhle/ bombero international