cinema
2016-02-17
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#10 カンヌを熱狂させた話題の2作品

昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを競った話題の2作が公開中です。最高賞に輝いたのは、ジャック・オディアールの『ディーパンの闘い』。この監督、『リード・マイ・リップス』『真夜中のピアニスト』『予言者』『君と歩く世界』など、ノワール・タッチのサスペンスフルな人間ドラマで、コーエン兄弟やグザヴィエ・ドランら世界の鬼才をも虜にするフランス人監督です。

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その『ディーパンの闘い』は、スリランカの戦火を逃れ、家族を装ってフランスにやってくる男と女と少女の物語。反政府ゲリラの元兵士の男ディーパンはパリ郊外の団地の管理人、女もハウスキーパーの職を得て、少女は地元の小学校へ通い始めます。昼は家族、夜は赤の他人に戻る生活。団地の横長の構造を生かしたロングショット、そっと女の背中に置かれたディーパンの手、不器用に差し出される黄色い花……。言葉の通じない国で、彼らが少しずつ距離を縮めていく経過が、ウィットの効いた少ない台詞と表情、仕草だけでクールに語られてゆく過程が実にスリリング!

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ところが団地のならず者たちが放つ銃声が、ディーパンたちがやっと掴みかけた平穏を引き裂きます。総ての希望と愛を失い、故郷に暴力を捨ててきた男が、新たな地で人生と愛を掴むために下す苦渋の決断に胸が熱くなります。

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難民問題に揺れる現代の欧州事情を先取りしたかのような『ディーパン』に対し、ルーニー・マーラが主演女優賞を受賞した『キャロル』の舞台は1950年代初頭のニューヨーク。クリスマス・シーズンの高級デパート、玩具売り場の店員テレーズは、ゴージャスな毛皮に身を包んだ美貌の女性キャロルと出会います。

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裕福で何不自由ない主婦に見えたキャロルには、当時の保守的な上流階級では許されない秘密がありました。そうとは知らず、キャロルに一目で心を奪われたテレーズは、キャロルを知るうちに思わぬ恋に落ちてゆきます。

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監督のトッド・ヘインズは、やはり50年代を舞台にした傑作『エデンより彼方に』で、主演のジュリアン・ムーアに数々の女優賞をもたらした名監督。燃えるようなブロンドに深紅のルージュを引き、完璧なエレガンスの裡に哀しみを押し隠したキャロルを生きたケイト・ブランシェット。アイデンティティを模索中のテレーズの繊細な感受性をほとばしらせたルーニー・マーラ。

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レズビアンという関係がまだ公にされていなかった時代と、当時の上流階級の偏狭でかたくなな空気を再現した美術セットと、眩いばかりの50年代ファッション。その世界のなか、身をきられるような切なさを演じた二世代のトップ女優は、ともにオスカーにノミネートされています。

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●『ディーパンの闘い』
監督・脚本:ジャック・オディアール
出演:アントニーターサン・ジェスターサン 、カレアスワリ・スリニバサン、ヴァンサン・ロテ
全国で公開中
配給:ロングライド
http://www.dheepan-movie.com
photos© 2015 – WHY NOT PRODUCTIONS – PAGE 114 – FRANCE 2 CINEMA – PHOTO: PAUL ARNAUD

●『キャロル』
監督:トッド·ヘインズ
出演:ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ
全国で公開中
配給:ファントム·フィルム
http://carol-movie.com
photos© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED