cinema
2016-04-26
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#12 スクープの裏にある感動。報道の原点を今一度考える

アカデミー賞発表を受け、先月から関連作品の公開ラッシュが続いていますが、中でも公開が始まったばかりの『スポットライト 世紀のスクープ』は、栄えある作品賞と脚本賞をダブル受賞した、いわば本年度の顔とも言うべき作品。2002年、アメリカの新聞ボストン・グローブ紙がカトリック教会による性的虐待事件をスクープするまでを実に丹念に描いた感動作です。

1.「スポットライト」メイン

定期購読者の半数がカトリック信者という状況下、巨大権力を相手に真実を追うチームを率いる編集デスクに『バードマン』のマイケル・キートン、タクシー運転手から記者に転向した変わり種の熱血記者に『フォックスキャッチャー』のマーク・ラファロ、同僚たちを冷静にサポートするベテランに舞台出身のブライアン・ダーシー・ジェームズ、そして紅一点、被害者からの聞き取りを担当する女性記者サーシャに『ミッドナイト・イン・パリ』のレイチェル・マクアダムス。日本では馴染みのない事件を扱いながら、演技巧者たちのチームワークが冴えわたる人間ドラマは、静かなスリルを孕んで見る者の目を飽きさせません。

2.サブ1

「私の中に、撮影現場が楽しい映画はヒットしないというジンクスがあったんだけど、『スポットライト』に関しては当たらなかったわ。現場は大学の合宿みたいで、本当に楽しかった!」と、美しくも気さくな笑顔で話してくれたのは、日本公開直前に来日したレイチェル・マクアダムス。経験なカトリック信者の祖母への思いに揺れながらも、正義の光を探り当てようとするサーシャに精気を吹き込んだマクアダムスは、本作で初めてアカデミー賞助演女優賞ノミネートを果たしています。

3.レイチェル

「本作に惹かれた理由は、なんといっても監督の熱意。彼と脚本家は、記者本人でさえも忘れた詳細まで拾い集め、事実と実在の記者たちの人間性を忠実に表現することに心を砕いていたわ」

監督は、『扉をたたく人』など、都会の喧噪からこぼれ落ちそうになる要素に光を当て続けるトム・マッカーシー。巷に溢れる事件もののように、主人公たちを正義のヒーローとして仰々しく描くことなく、登場人物の暮らしや葛藤を事件捜査と地続きで描く『スポットライト』は、人間を信じさせ、報道のあるべき姿を思い出させてくれます。

4.サブ2

そしてもう1本、来日した主演女優チャオ・タオの作品に寄り添う姿が印象的だったのが、中国映画『山河ノスタルジア』です。『長江哀歌』(ヴェネチア国際映画祭金獅子賞)や『罪の手ざわり』(カンヌ国際映画祭脚本賞)等、いまや世界のトップ監督のひとりとなったジャ・ジャンクーの最新作『山河ノスタルジア』は、1999年、2014年、近未来の2025年を舞台にした3章仕立て。

5.main

若者たちがペット・ショップ・ボーイズの「GO WEST」に乗って踊り明かした、経済改革に沸く春節から始まる第1部では、山西省・汾陽(フェンヤン)を舞台に、ヒロインと2人の若者の三角関係が描かれます。彼らが赤い新車を駆ってドライブに繰り出す黄河の流れ、流氷が軋む川音、川辺で打ち上げられる花火……。主人公らが未来を信じていた青春の1コマの圧倒的な風景は、見る者の記憶にも語りかけながら胸の奥深く染み込んでゆきます。

6.sub3

この河原での告白によって、タオは2人の男性のひとりを選び、息子を授かり、第2部、第3部ではこの選択による人生が描かれることになります。ヒロインを演じるのは、2000年の『プラットフォーム』以来、ジャ・ジャンクー監督作品のミューズとなったチャオ・タオです。

7.sub1

「身体機能に富む若者時代と、情感が豊かになるにつれ、昔のように身体が動かなくなる中年期、この身体機能と情感を入れ替えるような演技の表現が課題でした。20代から50代までのヒロインの人生には、映画に描かれない空白があります。その空白を埋めるために、彼女がどのように生まれ、男性二人とどう出会い…と、彼女の人生を想像して記録していきました。そうしてヒロインが私の中で熟成してゆき、撮影に入る頃には、すっかり彼女の人生が私のものになっていました」

8.sub8

急速な経済発展に翻弄され、漂うタオとその息子。孤独と対峙しながらも、懸命に生きる二人に鬼才ジャ・ジャンクーは優しいエールを送ります。ヒロインの二十数年の生き様を静かな微笑みで表現するラストシーンには、誰もが熱い涙をこらえることはできないでしょう。

●『スポットライト 世紀のスクープ』
監督:トム・マッカーシー
出演:マイケル・キートン、マーク・ラファロ、ブライアン・ダーシー・ジェームズ、レイチェル・マクアダムス、他
TOHOシネマズ 日劇ほか全国で順次公開
配給:ロングライド 
http://spotlight-scoop.com/
Photos by Kerry Hayes © 2015 SPOTLIGHT FILM, LLC

●『山河ノスタルジア』
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
出演:チャオ・タオ、チャン・イー、リャン・ジンドン、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャン
Bunkamuraル・シネマほか全国で順次公開
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野
http://www.bitters.co.jp/sanga/
Photos © Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano