cinema
2016-08-30
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#15 小さな出会いから生まれる意外なストーリー

是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』や、阪本順二監督の『団地』など、この春は人気監督が団地ならでは人間模様を描いた作品が続きましたが、今回の『アスファルト』はフランスの団地物語。『歌え!ジャニス★ジョプリンのように』のサム・ベンシェトリ監督自身が、多感な時期を過ごした舞台を上手く使って心くすぐる3つのスケッチを描きます。

一部解体工事も始まっている古びた郊外団地。訳あって、夜な夜な腹を空かせて外出するハメになった偏屈オヤジは、深夜の休憩時間に寂しげに煙草をふかす夜勤看護婦(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ/元サルコジ大統領夫人カーラ・ブルーニの姉)と出会い、心奪われる。自分はロケハン中のカメラマンだと身分を詐称し、次回の短い逢瀬を取り付けるのだけれど……。

1.ASPHALTE_sub2

また、売れない女優ジャンヌ(イザベル・ユペール)が知り合うのは、隣の鍵っ子少年シャルリ(新星ジュール・ベンシェトリ/祖父はジャン=ルイ・トランティニャン)。実は過去を捨てたいジャンヌは、息子のような年回りの少年の世界をクリアに見つめる瞳に救われて……。

2.ASPHALTE_main

そしてアラブ系移民マダムの元には、なんと団地の屋上に不時着したアメリカ人宇宙飛行士(マイケル・ピット)がやってきます。英語を解さなくても、突然の闖入者を持ち前の温かさで包み込む、マダムの外交術はお見事!

3.ASPHALTE_sub1

メランコリックな夢物語風もあれば、世界平和への祈りを込めたコント風もあり。それでも物語はすべて落下から始まり、邂逅によって浮かび上がり、息を吹き返します。淡いトーンのスクリーンを満たす、叙情的でオフビートなユーモアが胸に心地よいさざ波を送ってくれる珠玉の映像詩です。

一方、同じく3組の出会いから怒りと哀しみのドラマが火ぶたを切るのが、『悪人』の吉田修一原作、李相日監督コンビ復活と相成った『怒り』です。新聞の連載時から話題になった原作なので、すでに結末をご存知の方も少なくないと思いますが、もしここまで未読なら、どうぞ先に映画をご覧いただきたい!

4

うだるような夏の日に起きた夫婦殺人事件の犯人は、現場に「怒」という血文字を残し、整形手術で顔を変えながら全国を逃亡中。そんな折、千葉の漁港で働く父(渡辺謙)とその娘(宮崎あおい)、東京のゲイのエリート・サーマン(妻夫木聡)、そして沖縄に越してきたばかりの少女(広瀬すず)とクラスメイトの少年、それぞれの前に素性の知れない男(松山ケンイチ、綾野剛、森山未來)が現れます。

6

この3人のなかに犯人がいるや否や!? そのスリルもさることながら、人を信じることの難しさ、自分自身へと怒りを向ける苦しみ、悲しみに見る者はざんぶと飲み込まれる。豪華俳優の皮を一枚も二枚もはぎ取って感情のタペストリーを編む、李相日監督の力技に圧倒される142分。音楽は坂本龍一。

5

●『アスファルト』
監督:サミュエル・ベンシェトリ
出演:イザベル・ユペール/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ/マイケル・ピット/ジュール・ベンシェトリ、他
9月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
配給: ミモザフィルムズ
http://www.asphalte-film.com/
Photos ©2015 La Camera Deluxe – Maje Productions – Single Man Productions – Jack Stern Productions – Emotions Films UK – Movie Pictures – Film Factory

●『怒り』
監督·脚本:李相日 原作:吉田修一(中央公論新社刊)
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、池脇千鶴、宮﨑あおい、妻夫木聡、他
9月17日より全国東宝系にて公開
配給:東宝
http://www.ikari-movie.com/
Photos ©2016映画「怒り」製作委員会