cinema
2015-11-12
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#07 話題の役者たちの名演技に酔う

2008年あたりから世界で注目を集めている新しいイタリア映画をご存知でしょうか。『ゴモラ』『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』『グレート・ビューティー/追憶のローマ』といった話題作で名演、怪演を見せ、男優賞を贈られ続けているトニ・セルヴィッロという名優に注目している方もいらっしゃるはず。この彼の最新作が『ローマに消えた男』です。

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映画の冒頭、選挙を目前に控え、イタリア最大野党を率いるエンリコが、突然、行方をくらませます。腹心の部下アンドレアは、支持率低下のピンチに追い打ちをかけるこのスキャンダルをひた隠し、苦肉の作としてエンリコの双子の兄ジョバンニを引っぱり出すことに。ところが、かつて心の病を患っていたという哲学教授ジョバンニは、自由な立場から切れ味鋭いコメントとユーモアを繰り出し、アンドレアと支持者の心を掴んでゆきます。この疲れ切った政治家と、飄々とした哲学者の双子の兄弟を軽やかに往き来するセヴィッロの名演が酔わせます。

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汚職で騒がれることの多いイタリア政治界が舞台ですが、ドラマは政治サスペンスのスリルをたたえながら、替え玉作戦のワクワクする楽しさ、そして人生の潤いや心の拠り所をしみじみと味わわせてくれます。不穏な方向へ傾きつつある我が国にも、ジョバンニのように新風を吹き込んでくれる逸材が現れてほしいもの!そう思わせる痛快なイタリア映画には、セヴィッロの他にも、アンドレア役のヴァレリオ・マスタンドレアという渋い二枚目も登場しますよ〜!

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そしてもうひとつの名演で注目してほしいのが、日本映画『さようなら』です。こちらは平田オリザ氏主催の劇団・青年座が人とアンドロイドの対話を描いた15分間の舞台を、気鋭の深田晃司監督がスケールアップさせた話題作です。

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荒涼とした風景の中に経つ山小屋風の家で、舞台でも主演したブライアリー・ロング演じるターニャと暮らすのは、ロボット研究の第一人者、石黒浩氏が手がけたアンドロイド、ジェミノイドFが演じるレオナです。

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詳細を知らずに映画を見始めた筆者は、112分にわたって、寂しげな表情でターニャに寄り添い続けるレオナをてっきり仮面を被った役者だと思っていました。それほど悲しげな表情でターニャに寄り添うレオナの“演技”が自然で感動を呼ぶものだったのです。

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舞台は、放射能に汚染された近未来の日本。人々はみな、政府による海外移住の順番待ち。南アフリカからの難民で病を負ったターニャの順番はなかなか来ません。静かな極限状態に、レオナが朗読するランボー、カール・ブッセ、谷川俊太郎、若山牧水らの詩が絶妙に響きます。社会的なテーマを静謐な風景の中に見事に溶け込ませ、普遍的な生と死のテーマの先に、ターニャに代わってエレナが一筋の希望の光を見つけ出す、そのラストの静かな高揚を是非とも味わっていただきたいと思います。

●『ローマに消えた男』
監督:ロベルト・アンドー
出演:トニ・セルヴィッロ、ヴァレリオ・マスタンドレア、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ他
11月14日より恵比寿ガーデンシネマ他にてロードジョー
配給:レスペ×トランスフォーマー
http://romanikieta-otoko.com/
Photos © Bibi Film

●『さようなら』
監督:深田晃司
出演:ブライアリー・ローリング、ジェミノイドF、新井浩文、イネーヌ・ジャコブ(特別出演)
11月21日より新宿武蔵野館他にてロードショー
配給:ファントムフィルム
http://sayonara-movie.com/
Photos © 2015「さようなら」製作委員会