cinema
2016-01-19
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#09 強くしなやかに生きる女性たちの賛歌

昨年末は新たな『スター・ウォーズ』シリーズの幕開けに世界が湧いた年の瀬でしたが、今年もみなさんに素敵な映画との出会いがありますように!

さて映画には、『スター・ウォーズ』のような大きな夢を運ぶエンターテイメント作もあれば、未知なる世界への窓となる作品もあります。ベルリン映画祭で銀熊賞を受賞し、グアテマラ史上初の米アカデミー賞へのエントリーを果たした『火の山のマリア』も、遥かなるマヤ文明繁栄の地へと観る者を誘ってくれる窓のような映画です。

1.『火の山のマリア』メイン

黒い火山灰の地で農業を営むマヤ先住民族の両親は、娘マリアにコーヒー農園主任との結婚を勧めますが、彼女が密かに心を寄せるのは北米移住を目論む青年ペペ。彼に思いを告白し、一緒に北米行きを誓ったものの、マリアはペペにあっさり裏切られてしまいます。日に日に大きくなるお腹を抱え、哀しみと不安に暮れるマリアと、大きな包容力で彼女を包み込む母。

2.『火の山のマリア』サブ2

黒い大地と鮮やかな民族衣装、そして自然の神と共存する神話的な暮らしをフォトジェニックに映し出す一方で、マヤ族の赤ん坊誘拐という社会問題もスリリングに描く『火の山のマリア』。この作品で華々しい監督デビューを飾ったのは、’77年生まれの新鋭ハイロ・ブスタマンテ。昨秋来日した彼は、「幼い頃、グアテマラの高地では内戦が続き、医療関係者は危険地帯での仕事を嫌いました。でも僕の母はシングルマザーでしたから、職を求めて高地へ向かいました。そんな母と一緒に山越えをしたり、マヤの集落で過ごす中で見聞きした事柄が映画の核になっています」と背景を語ってくれました。

映画の原題は“火山”。胸に深い嘆きや怒り渦巻く火山を抱えながら、それでも立ち上がり、明日を生きていく。そう信じさせるマリアの物語からは、逞しい母や、強くしなやかなマヤの女性たちの中で育った新鋭監督が奏でる人間讃歌が静かに響いてくるようです。

4.『火の山のマリア』サブ1

そしてもうひとつの窓は、映画『フランス組曲』。1942年にアウシュヴィッツで亡くなったユダヤ人作家イレーネ・ネミロフスキーが残したトランクから、死後60年ぶりに発見され、世界的なベストセラーとなった未完小説を映画化した作品です。

5.main

20代のうちに作家としての成功を掴みながら、第二次大戦中、ユダヤ人であるため断筆を命じられ、夫と二人の幼い娘とともにブルゴーニュの田舎町に逃れたイレーネ。この疎開から1942年にアウシュヴィッツに送られる間際まで、彼女が小さな手書き文字で懸命にノートに書き綴った小説が「フランス組曲」でした。

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映画の舞台は、フランスがドイツに降伏した1940年のブルゴーニュ。戦時であっても同胞から容赦なく小作料を取り立てる地主の義母(クリスティン・スコット・トーマス)に従い、出征した夫の留守を守るヒロイン、リュシル(ミシェル・ウィリアムズ)の屋敷に、占領軍のドイツ人中尉(マティアス・スーナールツ)がやってきます。

7.sub2

戦時下の緊張の中で敵と味方に分かれながら、音楽という共通言語によって惹かれ合ってゆく二人。町を揺るがす事態へとなだれ込むドラマに、日々イレーネに脅威を与えていたはずのナチスやドイツ軍への呪詛が見当たらないことに驚かされます。

「いつか戦争は終わり、歴史的箇所のすべてが色褪せる。1952年の読者も2052年の読者も、同じように引きつける出来事や争点を描かなくては」と、イレーネは創作メモに書き付けていたそう。

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映画『フランス組曲』の窓は、死と隣り合わせの極限状態のなかでも澄んだ瞳を持ち続け、フランスもドイツも平等にその人間の業を見つめて、自由な精神に未来を託したイレーネの作家としての矜持を覗かせ、熱い涙を運んできます。

●『火の山のマリア』
監督·脚本:ハイロ・ブスタマンテ
出演:マリア・メルセデス·コロイ、マリア・テロン、他
2月13日より岩波ホールほか全国順次公開
配給・宣伝:エスパース・サロウ
http://hinoyama.espace-sarou.com/
Photos © LA CASA DE PRODUCCIÓN y TU VAS VOIR-2015

●『フランス組曲』
監督・脚本:ソウル・ディブ
出演:ミシェル・ウィリアムズ、クリスティン・スコット・トーマス、マティアス・スーナールツ、他
全国で絶賛公開中。
配給:ロングライド
http://francekumikyoku.com/
Photos by Steffan Hill © 2014 SUITE DISTRIBUTION LIMITED