「ガチャン!」
わが家の朝は、窓の外からかすかに聞こえるこの音から始まります。ご近所に住むミルクマンが、玄関脇の籠にガラス製のボトルを入れた音です。イギリスでは宅配ミルクが今でも比較的健在。大手乳業会社の製品なので、「スーパーマーケットで買うのと同じ味か」と思い込んでいたのですが、同社の市販製品とは違っていました。はじめて飲んだときに、「何これ……おいし~い!」と思わず声をあげてしまったほど。
うちで頼んだ宅配用のオーガニックミルクは、いわゆる「ノンホモ」牛乳。通常の殺菌工程でおこなわれる「ホモジナイズド」をしていないので、牛の乳ほんらいのこっくりした風味が生きていて、まるで牧場で飲む生乳のよう。その分、脂肪分は若干高め。配達から3日しか保ちません。そして分離が早いので、配達時にはすでに小さなクリームの固まりが上部にできています。このクリームをビスケットに塗って食べるのも朝の楽しみです。
イギリスでは「ミルクマンが毎朝来る」ということ自体に、昔ながらの生活習慣を続けているんだという愛着を感じる人が多いとか。それに、新鮮なノンホモ牛乳は決して遠くから来るわけではありません。地元の東サセックス州でつくられ、ボトルはもちろん回収・再利用されます。地域経済やリサイクルに貢献できるという面もあります。ブライトンは、エコロジーや消費生活一般に対する意識がとても高い町。地産地消や、地球環境・社会に負担をかけないエシカル(倫理的)な消費を謳った個人経営の店がたくさんあります。こうした店はどうしてもスーパーと比べて割高になってしまいがちですが、それでも連日たくさんのお客さんで賑わっているのです。
ローカル乳製品の中でとくに私が気に入っているのは、その名も「ブライトン・ブルー」。ブライトン近郊のルウィスにある牧場でつくられたこのブルーチーズ、質感はポロポロ崩れるのでもなくしっとりでもないセミソフト、味は濃厚ながらクセが強くなくてとても食べやすいので、ついつい手が伸びてしまいます。イギリス最大のチーズ大会で2014年に銀賞に輝いたそうです。
ブライトンを取り囲むように広がる丘陵地サウスダウンズの牧場からは、やっぱりその名も「サウスダウンズ・バター」。俵型のバターは伝統的製法で時間をかけてつくられ、シェフやパン屋さんでも、「これでなくては」というファンが多いそうです。ただでさえおいしいサンドライドトマトとオリーブ入りのパンにこのバターを塗ってオーブンにぽん! クリームの風味が口いっぱいに広がってオリーブの風味と入り混じり、至福の時。パンには必ずバターをこってり塗る派の私をすっかり満足させてくれました。