NewYork:ニューヨーク
2015-11-27
「着る芸術」彩密友禅をお誂え

3年前、フェイスブックでその作品を偶然見つけてしまった彩密友禅作家、や万本遊幾氏。彼がフェイスブック上で発信している作業工程の写真や動画、作品づくりにかける情熱や意図をフォローしているうちに、「どうだまいったか。こんなスゴイ国から来た私たちをなめてもらっては困るのよ」と世界の中心で叫んでみたくなったのだと思う。や万本遊幾氏の個展をニューヨークでも開けないかと考えるようになった。

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今春ごろから話が本格化し、約半年の準備期間を経て、このほど実現した。日本文化に深い理解のあるアメリカ人男性スティーブ・グローバス氏が自宅を改造してつくった茶室ギャラリー、グローバス茶室にて、遠藤良子さん、茶人森宗碧さん、森絢也ご夫妻のTwhisk, そしてグローバスさん、清水久美さんをはじめ多くの方々のご協力により、三日間開催された。ほぼ途切れることなく大勢の方々が詰めかけ、大抵のことには驚かないニューヨーカーたちも感嘆の声をあげ、質問の嵐となり、私としてはおおいに溜飲をさげることとなった。

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や万本遊幾氏は加賀友禅の祖、人間国宝故由水とく氏のもとで10年間修行を積んだ後独立し、再び東京へ戻った。伝統の技を極限までつきつめて、独自の「彩密友禅」の世界を創り上げた。その緻密な線、考えぬかれた色と光、そして絹の質感。デザインも古典から和モダンまで幅広く伝統的であり、かつ新しい。

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フランスで権威ある展覧会ル・サロンに向け、絹の白生地に友禅を施した絵画、友禅アートを初出展して初入選。その後3年連続で入選し、審査の厳しいフランス芸術家協会の会員にも認定された。アメリカでの個展は今回のニューヨーク個展が初めて。日本では、黒柳徹子さんや、美川憲一さんといったセレブからも制作依頼されており、NY個展では特別に許可を頂き、徹子さんのために制作した作品も展示された。

何を隠そう、氏とやりとりするうちに、ミイラとりはミイラとなり、今回生まれて初めての「お誂え」に手をだしてしまった。少し前なら考えられない。有名人でもあるまいし。一般人が、フェイスブックのメッセンジャーで作家先生と直接にやりとりをかわすだなんて。作家と一緒に「私のストーりーがつまった世界にひとつの着姿」を創っていく、、、それはもうとてつもなく贅沢で、夢のように楽しいコラボだった。や万本氏は、その作品だけではなく、ビジネスモデルとしてもパイオニアだ。積極的に発信し、人々を魅了し、ファンと直接つながることで、実際彼の作品が海を越えてニューヨークに住む私を包み羽ばたいた。

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もちろん安い買い物ではない。ただの衣服ではなく手間暇かけて創られた「着る芸術品」なのだから。でももし同じ着物が呉服店で売られていたとしたら、おそらく値段は3倍ほどもし、作家の手元には私がお支払いしたものの半分も入らない。それは、作り手と買い手の間にいくつもの仲介業者が入る呉服の物流システムがあるからだ。国宝レベルの作家でも生活が苦しいということがおこる。仲介業者の利益を一番に考えた、「売れスジ」の商品を低予算で制作することを強いられる作り手たち。100%ではなく60%の完成度でよしとしなければやっていけない。それでは創造性や情熱など死滅してしまう。互いの顔も見えず、本当のニーズもわからない。

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先月ファーマーズマーケットをご紹介した。作り手と消費者が直接つながることで、消費者は安全で栄養価の高い食べ物を味わえ、作り手の手元には今までより多くの収入が残る。お金に困って開発業者に土地を売らなくてすむ。つまりは次世代が遊びにいける未来の自然環境を守ることにもつながるのだということを書いた。少々高くても本当にいいものを直接買う。それは次世代に残したい未来への投票なのだと。

今、日本の伝統工芸の職人さんたちは、まさに絶滅危惧種と言っていいと思う。物づくりに使う道具を作る職人さんが「今や日本でただ一人でしかも高齢」という話を、ここのところ立て続けに耳にした。職人さん自身、希望が見えなくて自分の子供にはつがせたくないという声も聞く。その方が亡くなってしまったら、終わる。本物の日本の伝統文化があっさり死んでしまう日は、意外と近いが気がしてならない。そして失ってしまったらもう戻らない。今が瀬戸際。

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有機野菜と着物、一見無関係に見えるけれど。作り手と消費者がSNSを駆使して直接つながり、中間搾取のない状態で顧客のニーズや夢を理解することで、絶滅の危機に瀕している日本の伝統文化を守っていけるんじゃないか。会場を訪れた鍼灸サロンを経営するファッショナブルなアンさんは、サロンの名前にもある胡蝶蘭に大好きな龍をあわせたデザインの友禅アート(絵)を作ってもらえないかと目を輝かせた。SNSのおかげで一挙に世界が相手となる。着物のための技術で着物以外の物を生み出したっていいのだから。絶滅の危機は新たな物を生み出すチャンスなのかも。可能性は無限。作品同様、そういう意味でもエキサイティングな、や万本遊幾氏のニューヨーク個展だった。