昨年末に、100歳のワインの試飲をしたのですが、その時の様子をご報告させていただきます。
オスピス・ド・ボーヌ ボーヌ プルミエ・クリュ ニコラ・ロラン 1915 赤(Beaune 1er Cru Cuvée Nicolas Rolin Hospices de Beaune 1915 Rouge)
「オスピス・ド・ボーヌ」とは、1443年にブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランが創設した施療院(慈善病院)で、ブルゴーニュ地方のボーヌ市にあります。入院の条件は貧者であることのみ。院の運営費は王侯貴族から寄進された葡萄畑から生産されるワインの売り上げで賄われていたそうです。現在では病院としての機能はボーヌ郊外へ移り、建物自体は かつての薬品や医療器具を展示した医学博物館であるとともに、ワインのチャリティーオークションの会場として知られています。
Photo by Christophe Finot
オークションが開催される毎年11月の第3週末は「栄光の3日間 」と呼ばれ、国内外から訪れるワイン商や観光客の姿で溢れお祭り騒ぎとなります。つまり今日ご紹介するこのワインは、オスピスに寄進された畑で100年前に収穫された葡萄 から作られたワイン、ということになります。
まず外観。ラベルはかなり痛んでいても、往時の意匠の鮮やかさの名残が十分にあります。ニコラ・ロランと天使の姿が描かれていますが、これは、初期フランドル派を代表する画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが1450年頃に制作した「最後の審判」の裏面に描かれた絵の一部を模したもので、この多翼祭壇画は現在でもオスピス内に展示されています。
左はラベル。右は「最後の審判」の裏面に描かれた絵の一部
キャップシール上部には、ワイン商であり、また、ボーヌにあるホテル「ホテル・ドゥ・ラ・ポスト」のかつての所有者であったM. Chevillotの祖父にあたるV. Chevillotの名が刻まれています。このホテルの前身は郵便局(郵便配達人と、その人が乗る馬を休めたり、替え馬をするための中継点)であったため、このような名前がついています。
キャップシールを切り取り、抜栓。非常にもろい状態のコルクは、慎重に回しながら引き上げたものの、下半分は瓶の中へ。残念ながら古酒では時々起こることです。
ワインをグラスに注いでみます。淡く落ち着いたバラ色に、ほんのり赤レンガが加わったような上品な色合いです。香りの方はと言うと・・・その場にいた者全員の顔に「???」と疑問符が浮かぶような、表現の仕方に困る独特なものです。
しばしの沈黙の後、おのおのが自分の考えをああだこうだと口に出して賑やかな討論が始まりましたが、そこでふと誰かが、マニキュアの臭いに似ていないかな?と。ああ、なるほど!この香気の正体は酢酸エチルなのかもしれない!!そして、そこに胡桃オイルやラズベリービネガーなどが加わっているようではないかな?と。
口に含んでみます。舌触りはとても軽く滑らかで、タンニンや酸味はほとんど感じません。仄かなドライフルーツや胡桃に包まれて、イチゴやフランボワーズを潰した時のような香りが鼻に抜けていきました。ここでしばらく置いてみることに。が、時間が経っても風味が開くことはなく、急速に酸化していきました。
翌日の試飲では、少しまろやかさが増していたくらいで、前日とたいした違いはありません。抜栓から3日目にしてようやく、ボトルの底に残っていたワインから明らかな風味の変化を感じ取ることが出来ました。ケミカルな要素は消え、代わって、森の下草の香りが大きく広がり、その奥にかすかにバラの花の芳香が漂うようです。口に含むと、土やプルーンの香りが印象深いです。
2014年末に味わった1914年産のワイン(クロ・ド・タール)が素晴らしいものだっただけに、今回の試飲への期待もとても大きかったのですが、残念ながら、味わいを楽しむという状態からはほど遠かったというのが正直な感想です。私たちの手元に届くまでのこの100年のあいだにきっと何かあったのでしょう。
ということで、結論としては「独特な香りを体験させてくれたということで、とても興味深いワインであった」となるでしょうか。
今年の年末にも、100年前のワイン、1916年産のを飲むことが出来たら良いなと思っています。