Paris:パリ
2016-02-22
旅の上級者は猫と共にパリを巡る

たとえば、有効期限の近づいたマイルと有給休暇2日分を利用してパリへの旅に出ようとふと思い立つ。夜のフライトで発てば一日得するわと算段する。金曜の夕刻退社するその足から「旅人」に変身する我が身を思い浮かべ、スーツケースは事前に空港宅配しておくべしと心得る。そして数週間後、まんまと機上の人となる。

エッフェル塔写真提供 アシェ・アキコ

日仏の時差は8時間(サマータイムなら7時間)。あなたが不在となった地元の風景はすでに週末の午後の倦怠にどっぷり漬かり始める頃なのに、異国の地では体内時計の狂いを必死になだめる旅行者に不思議な高揚感をもたらす1日が、これからようやくスタートするのです。

2,チェシャ A

さて、そんな「トリップ」の引率者がもし「猫」だったとしたら、どうでしょう? とはいっても、添乗員が振り回す手旗のようにピン!と天に向ってその長い尻尾をそそり立てたチェシャ猫(英国作家ルイス・キャロルの小説「不思議の国のアリス」に登場する悪戯な猫)が、ニヤニヤ笑いを浮かべながら時折振り返っては、じっと自分を見つめる意味深な姿にたぶらかされ、うっかり後をついていくととんでもないトラブルに巻き込まれる・・・なんてことではありませんよ。

3.チェシャ C

パリにお住まいの作家、夏目典子さんの書かれたエッセイ『猫をさがして パリ20区芸術散歩』では、コレット、レオノール・フィニ、ジャン・コクトー、ボードレール、藤田 嗣治、マルグリット・デュラス、バルテュス等々、パリに縁の深い作家や芸術家達が、第1区から20区までそれぞれのカルティエの顔、ランドマークでもあるかのように次々と登場して旅のガイドをしてくれるのですが、このガイド達はみな猫を相棒にしているという所がポイントです。

エッフェル塔や凱旋門などは、街中を移動する際に目印の役割を果たす巨大建造物であると同時に、歴史的大事件を記念、象徴するという意味でもパリ有数のランドマークです。が、この本の中では、20のカルティエ個々独特な空間を舞台に、華麗だったり数奇だったりする人生を繰り広げた芸術家達の「詩情溢れる心情」が象徴的な「道標」となっています。そして旅人達は「猫」というどこか神秘的な存在を媒介に、その心情を追体験、彼らの生きた時代を旅することになるわけです。

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パリはもう何度も訪れていて、いわゆる観光名所はすべて制覇してしまった、というパリの旅上級者の方には、そして猫好きの方には、たまには趣向を変えてこんな街中散策はいかがでしょうか。故人を偲ぶ小さな記念プレートが壁にひっそりかかるだけで、一般人の住まいやオフィスに様変わりしているかつての書斎やアトリエもあれば、国や自治体管理のもと、当事の姿ほぼそのままに保護されている施設、地区などもあります。

冷たい石の壁に埋め込まれ重く閉ざされた暗緑色の鉄製の門扉。この奥に住まう見知らぬ人を訪ねてみようかどうしようか、しばし躊躇うあなたの鼻先で、いきなりそれはぎいぃぃと錆びた軋みを響かせる。少し古風な顔立ちの美しい猫がその隙間からするりと飛び出すと、すれ違い様に激しい一瞥を投げかけてくる。一瞬にしてすべてを物語った真っ青な瞳は、ひとつすばやく瞬くと、もうすでに己の黙想に沈み込んでいく・・・

5.次郎瞑想

パリにはこんな旅の仕方もあるわよね、と言いながら私に『猫をさがして パリ20区芸術散歩』を紹介してくださったのは、子供の頃からの猫への偏愛(!)が募り、40代半ばにして一念発起、美術学芸員から転身し日本初の猫本専門書店『書肆 吾輩堂』経営者となった大久保京さん。 猫に関する古書を扱うために「古物商」という未知の業界に飛び込んで行くこととなった顛末は、彼女のエッセイ「猫本屋はじめました」の中でおもしろおかしく、またとても興味深く描かれています。

『書肆 吾輩堂』では、書籍だけでなく猫をモチーフにしたアート作品や雑貨も販売していますが、こちらは国内各地はもとより、世界各国(トルコ、イタリア、フランス、イギリス、チェコ等)に大久保さん自らが買い付けに行かれたものだそうです。更に最近では、地元九州のアーティスト達とコラボレーションの上、オリジナルの猫グッズも製作開始とか。いずれにしても、美術品の鑑定眼を持つ大久保さんのお眼鏡にかなった、センスある作品だけを取り扱っています。

6.吾輩堂猫店員

本日2月22日は「猫の日(にゃんにゃんにゃん)」。そしてまた「書肆 吾輩堂」の開店3周年にあたります。開店当初は、猫関連商品だけの販売で健全な商売が成り立つはずがない、と行く末を大いに危ぶまれていたものの、ところが今では全国の愛猫家ネットワークの間で一目置かれる存在となり、問い合わせへの対応に追われる日さえあるとのこと。

4匹の猫店員さんから計8本の手を借りて尚てんてこ舞いの店主大久保さん曰く、「家族の理解や友人の協力を得てようやくここまでやってきました。彼らの応援に報いるためにも、これからも猫の歩みのようにひそやかに、そして猫のしっぽのように細く長く、とにかく初志貫徹、猫いっぽんでやっていきたいと思ってます。私のライフワークですね」

7photo by Hiromasa Otsuka(左上のロゴ除く) photo office overhaul

●「書肆 吾輩堂」
http://wagahaido.com/