Paris:パリ
2016-03-21
シングルマザーをサポートするパリの頼もしい隣人たち

東京で始まったフランス人男性との結婚生活は、沖縄宮古島に移ってから少しずつほころび始め、そして、アクセサリーデザイナーのアシェ・アキコさんは、2人のハーフの女の子と3人でパリに住む、シングルマザーとなりました。

1.Akiko1 セーヌ

ほんの数年前に住み始めたばかりの異国の地で、ひとりの女性として厳しい現実に直面したアキコさんでしたが、そんな彼女と娘達には頼もしい味方がたくさんいます。それは、同じアパートに住む老夫妻や、児童、保育相談施設の関係者などです。

かつて某大手フランス企業の要職につかれていたラガー氏は、現在70 歳を超えなお精力的に活躍するキャリア・ウーマンの奥様をサポートする主夫。やはり仕事に追われるアキコさんに代わって熱を出した子供を自宅で看病し、また、登下校や習い事の付き添いを買って出るなどされています。

夫との関係が破綻し経済的不安を抱きはじめた当初、バレエ教室に通う長女にはそれを断念させるつもりでいたアキコさんでしたが、「あんなに楽しそうに踊って、目をキラキラ輝かせてる子供からその光を奪っちゃいけないよ。万が一の時には僕がなんとかするから、しばらくがんばってごらん」と、ラガー氏からの叱咤激励を受け、なんとか踏みとどまったのだそうです。そして、長女りんちゃんの練習シューズは、ついこの間サイズがひと回り大きくなりました。

2.Akiko 2

マダム・フェロンは3歳未満児を短期・短時間(週2~3回、各数時間程度)で預かる公立託児施設の所長さんだった女性。この年齢の子供を施設に預けざるを得ない母親の事情は様々です。マダムは長年、彼女達の悩みや苦労話に耳を傾け、”この母親は誰かが救ってあげないと子供が危ない”というような深刻なケースでは、窮状を訴えるため積極的に関係機関に足を運ばれました。

フランス、特に都市部では、公立通年制保育園に子供を通わせるのは、実は日本同様そう簡単なことではありません。どこの施設も入所児童数は常に飽和状態で、待機リストに登録してはみても、”その順番が回ってくることはまずありませんから、期待しないでくださいね”と、いきなり出鼻を挫かれることになります。そんな中、アキコさんの下の娘はマダムの強い推薦によって、運良く保育園に滑り込むことができたのです。

皆から惜しまれつつ、健康上の理由で早期退職された後も、マダムは母親達子供達の庇護者であり続けます。昨年8月のヴァカンス期には、行く宛てもなくひっそりとパリに留まっていたアキコさん一家をノルマンディー地方にある別荘に招き寄せ、太陽と海とそして寛ぎのひと時を振舞ってくれました。その上、9月の新学期までにオムツを取る必要のあった(フランスの保育園では、オムツの取れていない子供の入園は許可されない)ひどく甘えっ子の次女に手を焼いていたお母さんに代わり、愛情のこもった厳しい躾もしてくださったとか。その時には国家公務員マダム・フェロンとしてではなく、育児経験豊富な”フランスのお婆ちゃん、フランソワーズ”という、いち個人として。

3.AKIKO3 マダム フェロン

ところでパリは、未既婚にかかわらず女性の就労率が非常に高く、産休明けの職場復帰もごく当然という街ですが、前述したように、通年制保育施設を利用できる家族はとても限られています。義務教育機関である公立小学校とほぼ同数の公立幼稚園があるため、3歳以上の子供のほとんどは通園する先が保障されているのですが、保育園に通えない子を抱えるシングルマザーや共働き夫婦は、子供が幼稚園に上がるまでの数年間をなんとか切り抜けねばなりません。

ここで大きな役割を担ってくるのがベビーシッターと乳母の存在。前者は不定期、短時間で学生がお小遣い稼ぎに行うこともありますが、後者はフルタイムで通勤、時には住み込みで子供の世話をする本格的な職業で、そして従事者のほとんどは外国人なのです。

アフリカの民族衣装を着て、編みこんだ髪の毛を様々な色のビーズでゴージャスに飾った恰幅の良いアフリカ女性と、いかにも上流階級風のシックなモノトーンに身を包んだ金髪碧眼の華奢な少女がしっかり手を繋ぎながら楽しそうに歌う。どうしても泣き止まない赤ちゃんをベビーカーから抱き上げ、哺乳瓶とおしゃぶりを交互に与えてみるフィリピンから来た若い女性は、公園のベンチに浅く腰掛けながらやれやれ、といった表情で途方に暮れる・・・。パリの日常風景です。

4.AKIKO4公園

パリの人間は冷たい、気取ってる、付き合いにくい、と批判する声はよく聞きます。確かに個人主義を謡い、自己主張するを良しとする人々ではあるのでしょう。が、地域コミュニティとしての「パリ」は決して排他的ではなく、アキコさんのような働く外国人シングルマザーさえも受け入れてしまえる懐の深さを持ち、また、生身の人間同士の紐帯感覚をいまだ高く尊ぶ土地だと思います。

もちろん、太く長い時の流れの川底深くにどっしりと根ざしたこの感覚は、旅行者の刹那的な視線ではなかなか捉えることはできないし、長く住んだからといって、必ずしも体得できるというものでもありません。が、ふとしたことをきっかけに、村の集会所に通じる扉の暗証番号を解読し、その中に潜り込んでひょうひょうとした体で席についている他所者はいっぱいいます。アキコさんのように。もっとも彼女には、その秘密のコード解読のヒントをそっと目配せで知らせてくれる、賢明な少女達が両隣に並んで歩いていてくれているわけなんですけどね。

5ママとお揃いのブレスレットをつける長女のリンちゃん。リンちゃん自身も将来の夢はデザイナーです!

●写真提供アシェ・アキコ(アクセサリーショップ Liny 代表)