Stockholm:ストックホルム
2016-02-12
人の暮らしをよくするデザインを

Swedish design 第二弾は、工具からソフトウェアまで多岐に渡るインダストリアルデザインに注目。使いやすさを追求した、キラリと光るスカンジナビアン航空(以下SAS)のコーヒーポットの製作秘話をご紹介します。

1Photo©veryday

1987年に完成したSASコーヒーポットは、30もの航空会社や長距離列車の客室乗務員に愛され続けています。そのデザイン開発を行ったのがヴェリデイ社(Veryday社)のマリア・ベンクトソンさん (Professor. Maria Benktzon)とスベンエリック・ユリーンさん(Sven-Eric Juhlin)。SASだけに留まらず多くのエアライン乗務員の仕事に変化をもたらしたこのポットは、どのようにして生まれたのでしょう?デザイナーが商品に込める想いとは?その舞台裏をデザイナーのマリアにうかがってきました。

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今から30年程前、手首を痛める客室乗務員が後を絶たず、SASは解決策を求めて、インダストリアルデザインで世界的に高い評価を受けていたヴェリデイ社(当時のエルゴノミデザイン社)に、手首への負担を軽減する新しいポットのデザインを依頼したのがその始まり。「全部は出しきれないのよ」と言いながら12の試作品を並べて、マリアは当時のプロジェクトについて話してくれました。

まずは「ポットは本当に必要であるのか?ポット以外の他の解決策があるのではないか?」という依頼を覆すような疑問をSASに投げかけるところから始まったといいます。「デザイン“オタク”はそういう疑問を投げかけるのが好きなのよ」と少し冗談めいて微笑む彼女に、既成概念にとらわれないプロの視点を感じました。

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SASコーヒーポットのデザイン開発では、手首への負担軽減はもちろん、揺れる可能性のある環境下でも安全に注げること、更には洗浄・乾燥・搬入を効率良く行えるフォルムといった、ポットが機内に搬入される以前の過程も考慮。マリアたちはまず、ポットの持ち手部分と手首との最適な距離を見つけ出すことから始め、同時に、掴みやすい持ち手の形状を探りながら幾つもの試作品を作りました。

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そして、最後の一滴を注ぐ時でも手首を大きく曲げずに自然な動作ができる構造として、底面から伸びる注ぎ口を採用。さらにステンレス性の注ぎ口先端にも工夫を凝らし、コーヒーや紅茶の流れをコントロールしやすくしたのです。これらはすべて、医師や専門家の協力を得て長年ヴェリデイ社が培ってきた人間工学に基づきデザインされています。

5Photo©veryday

「蓋の留め具が赤色はコーヒーで白色が紅茶なの」と、マリアが示した小さくさりげない留め具には、乗務員が一瞬で乗客からのオーダーに対応できるように、というデザイナーの心配りが見てとれます。そしてそのスタイリッシュなポットのカラーは、彼女が尊敬するデザイナー、故ヴィクター・パパネックの言葉「ポットを一番美しく見せる色は黒である」という美的感性を表現した、こだわりの色でもあるのです。

6Photo©veryday

当初のデザインのまま20年以上も使われ続けているこのSASコーヒーポットの強み。それはヴェリデイ社が創業以来、大切にし続けている「使う人のためのデザイン」。だから彼らのデザインは、製品に触れる全ての人にフィットします。日本のグッドデザイン賞も受賞しているベビービョルンの赤ちゃん抱っこひもや、今後アジアのIKEA店頭にも並ぶ予定のワイヤレスで携帯電話の充電が可能なランプなど、人の生活を豊かにする商品を多数生み出しています。

7.8Photo©veryday

マリアは他にも数々の商品デザインを手掛け、高齢者が使いやすい携帯電話Doroシリーズでは、権威ある賞の1つであるレッド・ドットデザイン賞も受賞しています。そんなトップデザイナーである彼女を突き動かしてきたものは何なのでしょうか? そう尋ねると「デザインを通して人の生活をいい方向へ変えていくことです」と、 即答。「使っている人たちから、これがないと仕事できないよ、と言っていただいたり、SASコーヒーポットのように組合から会社側にこのポットを使いたいと希望が出されているというお話をうかがうと、本当にやってよかったと思えるの」。彼女を仕事へと向かわせる原動力は、人の暮らしを少しでもよくしたいという想いなのです。

9.携帯Photo©veryday

現在では現役を退いているマリアですが、70歳になった今でも国際的なシンポジウムにゲストスピーカーとして呼ばれることもしばしば。2014年には国際ユニヴァーサルデザイン協議会シンポジウムでスピーチを行うために東京を訪れています。

「私、日本のデザインが大好きなの」。そう言ってカバンから急須と竹製トングを出して「これなんかスウェーデンでは買えないわよ」と長年愛用しているキッチン用品を見せてくれました。今日のためにお家から持ってきて下さったこと、そしてそれが日本で作られたものであることに、とても感激しました。

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また、インタビュー前にヴェリデイ社のキッチンで飲み物を頂いて自己紹介などをしていると、通り掛かる人が皆、マリアを見つけては「マリアー!」と嬉しそうにハグをしていき、彼女が同僚たちからとても愛されているのを感じました。

「誰のためのデザインであるのか」をマリアとスベンエリックが問い続けることで完成したSASコーヒーポットは、ヴェリデイ社の信念を体現したレガシーとして、社内でも語り継がれています。

●Veryday社
http://veryday.com