cinema
2015-08-12
感性を養う映画との出会い by 久保玲子
#04 夏を駆け抜ける少女たちの目線

日々の猛暑にバテ気味のこの季節。今回は、身体の中を一陣の風が吹き抜けてゆくような鮮烈な“夏の少女”の映画二本をご紹介しようと思います。まずはエトルリア文明の遺跡が残るトスカーナの地を舞台にしたイタリア映画『夏をゆく人々』。ヒロインは、昔ながらの養蜂を主軸に自給自足の生活を送る一家の長女ジェルソミーナです。

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父親は、4人の娘たちを浮ついた社会から遠ざけるため学校にも通わせず、とりわけ長女には家長の右腕たる重責を課しています。それでも燃えるような緑と養蜂場となるお花畑と湖に囲まれたスローライフは、少女たちにとって最高の学びの場。ところが農場にやってきたドイツ少年マルティンと、田舎の伝統的暮らしを競うTV番組「ふしぎの国」の収録クルーの到来によって、ジェルソミーナの日常にさざ波が立ち始めます。

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マルティンを息子のように頼りにし始めた父親に鼻白みながらも、家族の誰よりもその少年に惹かれるジェルソミーナ。さらにゴージャスなモニカ・ベルッチ扮する「ふしぎの国」のMC役との出会いによって、少女は外の世界を垣間見たい思いに突き動かされてゆくのです。

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フェリーニをはじめとした先達たちへのオマージュに、環境やメディアの現代的問題を盛り込んだ本作で、カンヌ映画祭グランプリを手にした新鋭アリーチェ・ロルヴァケル監督は撮影当時弱冠32歳。水の民であったエトルリア少女の冒険譚のようにも終わる夏物語は、ファンタジックでどこか懐かしい余韻も魅力です。

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そして終戦70年目にあたるこの夏に立ち会ってほしい、もうひとつの少女の夏。日本映画『この国の空』の夏は、まさに昭和20年の夏が舞台です。主人公の里子(二階堂ふみ)は、玉砕という言葉も聞かれるようになった東京・杉並で、「私は愛も知らずに、空襲で死ぬのでしょうか」と、やりきれぬ思いを抱えて生きる19歳。彼女の隣家に住むのは、妻子を疎開させている銀行員の市毛(長谷川博己)。やがて里子が市毛の身の周りの世話をするうち、二人の距離は縮まってゆくのですが……。

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名脚本家としても知られる荒井晴彦監督は、淡々と庶民の生活を描くことで閉塞感極まりない終戦の夏の空気を浮かび上がらせながら、否応なく大人になっていく里子の青春を鮮烈に差し出します。平成6年生まれながら見事に昭和の空気を纏う二階堂ふみが生きる里子は、彼女のドラマと響き合う茨木のり子の詩を朗読します。
“わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った”と……。

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里子は、変わり身の早い大人たちに醒めた目を向けながら、戦後を生き続けることだろう。不穏な70年を迎えた今、里子の不安と焦燥と諦念が渦巻く夏物語に立ち会ってほしいと思います。

●『夏をゆく人々』
監督・脚本:アリーチェ・ロルヴァケル
出演:マリア・アレクサンドラ・ルング、サム・ルーウィック、アルバ・ロルヴァケル、ザビーネ・ティモテオ、モニカ・ベルッチ
8月22日より岩波ホールほかにて公開、全国順次ロードショー
配給:ハーク
http://www.natsu-yuku.jp
Photos © 2014 tempesta srl / AMKA Films Pro ductions / Pola Pandora GmbH / ZDF/ RSI Radiotelevisione svizzera SRG SSR idée Suisse

●『この国の空』
監督・脚本:荒井晴彦  原作:高井有一
出演:二階堂ふみ、長谷川博己、工藤由貴、富田靖子
8月8日よりテアトル新宿ほかにて公開、全国順次ロードショー
配給:ファントムフィルム
http://kuni-sora.com/
Photos © 「この国の空」製作委員会