新進のコンテンポラリーアートに特化した展示で知られるニューミュージアム。3階分のフロアーに及ぶ大掛かりな現在のメインの展示は、スイス人アーテイスト、Pipilotti Rist( ピピロッティ・リスト)によるもので、題してPipilotti Rist: Pixel Forest。なんの前知識も、期待もないまま出掛けたけれど、実に楽しく遊んでしまった。
例えば最初のフロアーの薄暗いスペースには大小さまざまなベッドが置かれている。一瞬絵本のなかにでも紛れ込んだ気分。靴を脱ぎ、好みのベッドに勝手に横たわり、天井に埋め込まれた二つの巨大なスクリーンに映し出される映像に浸る。ベッドに寝転んで「どうぞリラックスしてご覧ください」というよりは、(スマートフォンやコンピューターの)冷たい画面のガラス越しにではなく、隣にいる「生身の人間とリアルに関わろうよ」という意図らしい。
個人的に特に気に入ったのは、ライトアップされた氷(のような)オブジェが天井からいくつもぶらさがる光と氷の森のようなフロアー。巨大スクリーンに色鮮やかな花々、青い海、木々の緑などがうつしだされ、その映像の色に呼応して氷の色も変わっていく。
幻想的な音楽が流れる中、移り変わる色の中に身をおいていると、もうどうしても我慢できなくなり、オブジェの間をすり抜けるふりをしながら思わず踊るように体が動いてしまった。警備員のおじさんが急ぎ足でやってきたのでさすがに「注意される」と思ったら、「君も太極拳をするんだね。僕もやるからすぐわかったよ」というではないか。「いや、踊ってたんだけど」とは思ったけれど、「あら、じゃ一緒にやってみますか?」と言ってみたら、おじさんは本当に踊りだした。「黒人の警備員のおじさんと日本人の私が、ピピロッティ・リスト作の光の森でしばし太極拳ふうに踊る」の図はなかなか愉快だった。
そばで訝しげにみていた観光客らしき女性二人に気がついたので「どう?お二人もご一緒に?」と誘ってみたら、そのうちの一人が本当に私の後についてきた。初めはちょっととまどっていたけれど、だんだんその笑顔が大きくなり、はまっていくのを見て、なんだか幸せな気持ちがこみ上げてきてしまった。そしてもちろんその姿は「NYの思い出」として彼女の友人のスマートフォンにおさめられた。
最後のフロアーでは、何枚もの羽衣のような布がカーテンのようにいろんな角度で天井から吊られている。複数のプロジェクターで、これまたちょっと不思議な映像たちが投影されている。どこからともなく吹いてくる風でスクリーンがゆらゆらと揺れ、あわせて映像も歪みさらに不思議感が増す。いろんな角度からプロジェクターの光がとんでいるので、見学者が動くと彼らのシルエットも映像の上を動く。まるでそれも作品の一部のようで、なかなか絵になる。
それを知ってか、わざわざシルエットがきれいに出るような服を着た若者が「このアングルで撮って」と友人に指示をし、ポーズをとり、写真や動画におさまる。そんな若者を何人もみかけた。その様子を見ていて、これはもう一般人による、ピピロッティ・リストとの「勝手にコラボ」だなと思った。
ビデオアート、マルチメディアを駆使した展示法で過去30年、世界の舞台でトップを走ってきたピピロッティ・リストは言う。「人と関わらなければ生きていけないのが人間なのに、今はその関わりの部分が、コンピューターや携帯など、全部平たいガラスの向こうで行われていて、隔離された状態。でもアートをもってすれば、そのさみしさを打ち破って出てくることができる」
たしかに、この不思議な展示のおかげで、私は見知らぬ人たちとリアルな触れ合いをし、喜びを感じることができた。でも同時に、その平たいガラスの箱が持つカメラ機能と、その向こうにひろがる、リアルじゃないけど果てしなく大きな繋がりのおかげで、最近の「普通の人たち」は、自分の中にあるアーティスト性やクリエイティビティーを呼び起こし表現できる「発表の場」を得たのではないかと思う。
今までのようにアートを表現する側と鑑賞する側というだけでなく、世界的アーティストが生み出す不思議でかっこいい世界に触発され、絵になる空間を背景に、その手のひらの上でおおいに遊び、楽しみ、勝手にコラボで表現し、発表する。いやいやそれもまた楽しくて面白い時代じゃないか。
ショップにあったマグカップデザインのごとく”New Art” ”New Idea” 「危害を加えては困るけど多いに楽しんでいって」的なニューミュージアムの姿勢もとても気持ちがよかった。
●Pipilotti Rist: Pixel Forest 展示は2017年1月15日まで。