“起きたらパンを食べる”。初回にお話した通り、毎朝目覚める楽しみがこれです。ここニースでもお気に入りのパンを見つけないと、ずっとベッドの中に引きこもることになる。いけないいけない。“おいしいパンは足で探せ”。誰かが言ったか言わないかはさておき、出かける時は電車・バスは使わずに歩くことにしました。最初に出会った2軒のブーランジェリーのパン。オリーブオイルを垂らしていただくとキラキラしてテンションもおいしさも上がります。
おいしいの上をいくパンはないか。我ながら怖いくらいのパン食い意地です。フランスでは家族みんなパンを食べるので、日本のごはん2〜3合分に匹敵する大きさで売られています。バゲットは本単位、カンパーニュ(田舎パン)などはしっかり大きいのが個単位です(たまに計り売りもありますが)。分け合う相手がいない独り身では一日では食べきれず、好みでないパンを買ってしまうと、しばらく互いに(パンとわたし)気まずい思いをすることになります。こんな時、とりわけ「早く一緒に食べきってくれる配偶者が欲しい」と思うのです。なので、いつも一見のお店には、ある程度あたりをつけて祈る気持ちで入ります。
あたりのつけ方は、“カンパーニュ(田舎パン)が目立つところに置かれている”こと。粉にまみれた茶黒い飾り気のないパンを、「うちのわんぱく坊主たちを見てくれ」という体で陳列しているブーランジェリーには、きっとパンを我が子のように愛する作り手がいて、パンにもちゃんとその雑味のないピュアな遺伝子が受け継がれているはず。というのがわたしの持論。ただ、ここニースには、パリとは違って音に聞こえしブーランジェリーがありません。感動レベルのパンに出会えるのは、カフェで大好きなミュージシャンの隣に座るくらいの確率ではないか…。そんな一抹の不安がよぎります。
とある晴れた日、ニースの街を空を見ながら歩いていているといつの間にか道に迷ってしまいました(当然ですね…)。途方に暮れながら道の角を曲がったとき、少し先に、しびれるほどにかっこいい「わんぱく坊主たち」が目に飛び込んできました。
駆け足でお店に入り、迷いなく大好きなセーグル・オ・ノア(クルミのライ麦パン)を購入。驚いたのはその断面。粉にまみれたマットな外見とは逆に、艶やかな生地がそこにありました。「酵母って生き物なんだ」。改めてそう感じられるほどに生き生きとしたみずみずしい発酵の跡の気泡が。まさに“パンの誕生”。その強めに焼かれたバリッとした皮は噛むほどに粉の甘い香ばしさが鼻腔に立ちのぼり、しっとりなのに軽いこの中の生地は、シュワっととける食感。ここにクルミのクリーミーなまろやかさと食感のアクセントが加わって、もう口に運ぶ手が止まりません。気付いたときにはさっきいたお店の中。この感動を伝えるためと、追加で購入するために引き返していたのでした。
意図せず迷子になったことで、探していたパンに出会えるという巡り合わせの奇な妙、偶の然…。この日以降、ステイ先からお店までは徒歩1時間ある道のりを、数えきれないくらい通いました。もちろん迷わずに。
お店のみなさんとも仲良くなったそんなある日、レジにトロフィーが。なんと、コートダジュールのブーランジェリーの大会で“la meilleure baguette de tradition française”というバゲットで一番の賞を獲ったというではないですか。
記念に一緒に撮影。なぜかわたし、トロフィー握りしめてます。わたしも誇らしい気持ちでいっぱいだったのです。
勝者といえば、教会でおもしろい本を見つけました。「BREAD WINNER(パンの勝者)」。アメリカで1979年に発行された本のようですが、バレリーナがキッチンでパンを手にポーズをとっているという斬新な表紙に目を奪われました。
中には200以上のパンのレシピが入っていて、キャンプ場でできそうなパンレシピもあります。表紙のバレリーナはパンを作ること、食べることが好きなんだそう。なるほど、キッチンでバレエを踊るのも納得。
“わんぱく坊主”と “おてんばバレリーナ”。わたしを興味深いパンへと導いてくれたのは、みんなやんちゃでした(笑)。
●(わんぱく坊主たちがたくさんいる)ブーランジェリー
「Maison Jean-Marc Bordonnat」
https://www.facebook.com/MaisonJeanMarcBordonnat
●(おてんばバレリーナが表紙の)本
「BREAD WINNER」
http://www.goodreads.com/book/show/496560.Bread_Winners#other_reviews