ニースにいて、引き寄せられるようにほぼ毎日足を運んだ場所があります。海と街を一望できるスポット。お天気でも曇っていても、安定した海と地と空からの沸き上がる安心感をもたらしてくれる場所です。
出会ったきっかけは、プロムを歩いていて、「おや、こんなところに階段があるぞ」という地味な気付きでした。岩山に設置された長い長い階段。登った先にはなにがあるんだろう、という好奇心から、一歩足を踏み出してしまったのでした。
5段ほど上がったところで、見えない頂上に向かうまでの体力的不安にかられたのですが、引き返すと一気に老け込んでしまいそうで、登りきることを決意。この岩山の階段、ただの階段ではありませんでした。道中が迷路のように分かれていて、その都度どちらに進むかの選択をせねばならず、まるで人生の選択を迫るようにそれがやってきます。だからか、時おりカップルとすれ違うと、ひとり登る自分の人生と重ね合わせ、激しく焦りを感じてしまったり。迷走することもたびたび。われながら辛い人生です。とにかく、「明けない夜はない」「やまない雨はない」「頂上のない山はない」と自分を鼓舞しながらひたすら登るのでした。
そして、8合目あたりと思えるところまで来ると、なんとそこには想像もしなかった広いひろい公園と、それに隣接する遺跡が待ってくれていました。さらに少し離れたところには大きな滝が。子供が無邪気に走り回る自然が広がる気持ちのいい空間。頂上は絶景の景色。まるで“天空の城”の世界です。
実はここ、ニースで1位の観光名所「キャッスル・ヒル(コリーヌ・ド・シャトー)」という本当の城があった跡でした。公園まで、多くの方は階段ではなくエレベーターを利用されてここまでくるようです。どうりであまり人と出会わなかったわけです。
こうしてこの空に浮かぶ(ような)お城は、お気に入りのスポットとなり、毎日のように通うようになりました。選択を迫られた道は、ほぼ全制覇しました。遠回りすることや、険しい道を通ることもありましたが、登るといつも同じ景色が待っていてくれます。生きていると、「あの時、別の道を選んでいれば……」と悔やまれることもたくさんありますが、どの道を選んでも、登り続けると、たどり着く先というのは実は同じなのかも。そんな可能性を考えさせてくれます。
通いはじめてしばらくすると、お城がわたしを常連さん扱いしてくれたのか、特別席へ案内してくれました。誰も来ない絶景スポットへ導いてくれたのです。おひとりさまにはちょうど良い広さ。死角にあるのでほぼ誰にも気付かれません。ここでストレッチをしたり、瞑想したりするのが日課になりました。
おや、今日は別の常連さんがいます。メールを打っているようです。彼女宛でしょうか。こんな素敵なところからメールを送信してもらえる彼女は幸せ者だな。今日は瞑想ではなく妄想です。
もうすぐ日が暮れます。お城の裏側から山を降りると、大好きなブーランジェリーへの近道です。パンを買って家路につくとします。