表には裏がある。なんだか裏側からするとあまりうれしくない響き。なぜなら、ニースは裏側がとても刺激的だったりするから。ニースの表通りは、路面電車が走る、広くてまっすぐな見晴らしのいい道。万が一迷っても、たくさんの人のにぎわいとたっぷりの日差しが初めて訪れる観光客でも寂しくならないように盛り上げてくれます。
裏通り、そこもニース。個人的に好んで歩いていたのは観光客がニースに来たら必ず訪れる“旧市街”その裏エリアです。 ニースは何度もイタリアに支配された歴史を持つだけあって、街並は地中海の雰囲気が漂っています。そんな建物が密集する地域が“旧市街”エリア。
ちなみにピッツァの国イタリアではニースは「ニッツァ」の呼び名。“旧市街”の脇道をずっと奥へ進むと、ぱたりと人の足が途絶える路地裏に入ります。観光客に親切なメイン通りとは一変し、新参者に「ニースに住みたければここから抜け出てみよ」と試練を与えんばかりに迫り来る壁、そして建物の狭間からやっと見える小さい青い空・・・まるでアリスが迷い込んだおとぎの国のように、自分の身体が小さくなってしまった感覚に陥ります。白ウサギならぬ、黒ネコが飛び出してきますから。
どの街でも、曲がってなにがある(いる)か分からないのが曲がり角。路地裏の角は特に注意です。曲がると突然抜群のスタイルの女性がわたしを直視してきたので、思わず「ボンジュール(こんにちは)」と挨拶したらマネキンでしたから。このマネキン、2度目に訪れた時は2体並んでいて、「きれいな人が二人もいる」と思ったくらい路地裏の人間社会と一体化しています。まさにワンダーランド。なにがあって(いて)もおかしくありません。こうしてマネキンが人間並みに店前に飛び出しているのも、道が細い路地裏ならでは。
戸惑いつつも、地中海特有の淡い黄色や朱の建物の異国情緒に酔いしれて、足取り軽く歩いていたら、さきほどと同じマネキンに遭遇しました。2度目はさすがにボンジュールは言いません。ぐるぐると同じところを廻っていたようです。よく似た建物が密集しているので、迷わないよう目印に窓から干されている洗濯物をマークしていたのですが、中の人がいつの間にか衣類を取り込んでしまわれていたようです。“ヘンゼルとグレーテル”のパンを道しるべに置いておいたのに、そのパンを動物に食べられてしまった兄妹を思い出します。動く、食べる、取り込まれるもの、これらを目印にしてはいけないのは鉄則でした。
街の裏道も刺激的です。旧市街のワンダーランドを無事に抜け出し、今度は街の裏道を通って帰ることにしました。道中、見慣れたマークが目に飛び込んできました。モスバーガーのマークです。うれしくて駆け寄ったら、どこにも柔らかくて温かいバーガーメニューは見当たらず、堅くて冷たいデスクに書類が積んであるだけでした。保険会社だったようです。酷似したデザインで問題になった例のニュースが頭をよぎったのですが、よくあることなのですね。他、街には壁に挟まれた巨大女性像が突如表れたり、どうやって止めたのかプロ顔負けの接触すれすれ車間距離で駐車している一般車があったりもします。
これがニースの裏側。そして日常。ニースの日常はワンダーランドです。ハートマークのカフェオレで今日は締めて帰ります。