Madrid:マドリッド
2015-10-15
街が羊でいっぱいになる日

スペイン語に「トラスウマンシア」という言葉があります。広くは牧羊の意味ですが、ただ単に放牧しているのではなく、土地を渡り歩きながら、旅をしながら放牧するというようなイメージです。中世の頃から、天候や戦争でダメージを受けやすかった農業に対し、羊の放牧はその移動ゆえに利益も出しやすく、スペインでも毛織物工業は国の重要な産業でした。

13世紀にアルフォンソ10世が「名誉あるメスタ会議 El Honrado Concejo de la Mesta」という法律を制定。当時カスティーリャ王国の牧羊業者たちを手厚く守り、彼らに国々を渡り歩ける特権や牧草地に関する便宜を図ります。その当時からの「トラスウマンシア」の道が現在でもスペイン国内に12万5000kmも残り、多くは冬と夏の作物を求めて渡り歩くため南北につながって、一定のルートを辿ることができます。

高速道路や都市の拡大でトラスウマンシアの道はアスファルトになり、車が通るようになった現代ですが、この放牧の伝統を受け継ぎ、トラスウマンシアの道をかつての姿のまま残そうというマニフェストが秋のマドリーの風物詩。毎年10月最後の日曜日か11月最初の日曜日に、首都に羊飼たちが羊を連れて集合するのです。

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市内の「カサ デ カンポ」という広大な緑地帯に全国から集められた羊たちは、マドリー旧市街のマヨール通りに入り、ソル広場、シベレス広場、アルカラ門までを練り歩きます。周囲は交通止めになり、朝から家族連れでにぎわうイベント。ソル広場が羊でぎゅうぎゅうになる場面は圧巻です。

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羊飼や犬に先導されて羊たちは怖々と街中を歩いて行きますが、これは取材するとなるとと牛追い祭りより大変かも?というハードさ。ベストショットを狙おうと羊の中に入ってゆけば、数々の羊に足を踏みまくられ、糞は降ってくるし、おまけに彼らの足の早いこと!軽いジョギングぐらいのスピードで数kmカメラを持ったまま走ることになります。

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でもふわふわの羊たちの中に入り込むのは貴重な体験。布団蒸しにされているような暑さと臭さ。そして羊を脅かさないように、彼らの先回りをするのもまた至難の技なのです。こうしたイベントを例年受け入れるマドリー市役所や農水省も懐が深いと思うのですが、羊飼いにとっても年に一度の一番派手なパフォーマンス。羊が首都を渡る映像がニュースで流れると、あぁ、秋だなぁと思うのがスペインです。