起きたらパンを食べる。私の毎朝目覚める楽しみがこれです。目覚めるということは生きることに等しいので、パンがあるから楽しく生きられているということになります。“パン”って、はじける音の擬音になるくらい一瞬の単語ですが、私はもうずいぶん長い間、このパンの虜です。幼少期を振り返ると、パン屋さんをしていた叔父に「なんでも好きなパン持ってっていいよ」と言われ、沸き上がる喜びの感情に埋もれて手足が動かなかったこともありました。10代の頃、ダイエットしていてもパンは毎日食べていました。薄くスライスしたバゲットに薄くスライスしたスイカをのせて食べていたこともあります。「食事はバランスが一番大事なんだよ、もっとパン食べていいんだよ」と、当時の自分に教えてあげたいです。
20代の頃、数えきれないほどしたお見合いの場では、必ず「パンは好きですか」と質問していました。お相手の回答が「ええまあ」レベルだと、その時点で「この人の配偶者になれない」とテンションが下がったものです。あの時、「大好きで毎日食べてます」という方がいたら、今フランスにはいないですね。
会社員時代は毎朝40分早起きをして、出勤途中に駅構内にあるお気に入りのブーランジェリーでパンを食べるのが日課でした。それがあったから、張り切って会社(というか駅)に行けていました。飲み過ぎた翌日でも、休み明けの月曜日でも、通勤が苦になったことはありません。だって、その先にはパンが待っているから。さらにその先には会社が待っていたんですけれど。
会社のランチは、ブーランジェリーで買ったパンを毎日ひとりでハチミツを付けて食べるのが至福のひとときでした。「パン食べてる時は、そっとしておいてください」オーラを強烈に出していました。そんな風に、独自にパンのある空間を作って幸せに浸っていたのですが、もっとこだわりのある新しいパン空間が欲しいと思うようになりました。同時に「パン好き」のみなさんにも同じように、朝目覚めるのがちょっと楽しみになるパン空間を提供できないだろうか、と考えるようなりました。そして2014年秋、その想いが“パン”っとはじけて、私は日本を飛び出し老若男女が毎日パンを食べる国フランスに渡って来ることになったのです。パン空間作りのヒントと素材を探すために。
そしてパリに降り立ち、数日街を観察して、やはりフランス人の日常はパンと共にあることを実感。朝のブーランジェリーはパリジャンでいっぱいで、日本ではあり得ない光景です。でも、メンズがバゲットをかかえて颯爽と歩く姿って、とってもセクシーです。また、電車では少女がテーブルいっぱいにパンを広げて食べていたり、街のベンチで女性がパンを食べて悶絶していたり(きっとものすごくおいしかったんだと思います)、スーパーではメンズがパンをカゴのいつもの定位置に手慣れた手つきで収めていたり。パリでは何はともあれ、とにかくたくさんブーランジェリーを走って廻りました。
パリに2週間滞在後、フランス語に“語挨拶”するという意味を込めて、ヴィシーで3か月語学学校へ通い、その後はパンに合う食材を生産するオーガニック農園へ向かいました。ファームステイは、実際に収穫を体験することで、その収穫物にかけられた想いを知ることができるのはもちろん、採れたものが生産者の日常でどのように食されているか、その本来の食べ方を見ることができるので、年齢に反比例する体力を顧みず、絶対にやろうと決めていました。やる気は20代です。しかも労働の対価として宿泊場所と食事をいただけます。そしてこの体験で、オリーブオイルとパンの相性の良さを改めて知り、夢中になることとなるですが、それはまた後で。
これらの経緯の経て、人やオリーブオイルに導かれて、今はニースに滞在しています。南仏滞在に至るまでの思い出深い出来事を振り返りつつ、今の南仏のホットでクールな情報もご紹介していければと思います。次回は、ここがなければ始まらない、語学学校があったオーベルニュ地域のヴィシーについてご紹介します。