Paris:パリ
2015-06-21
魔法の畑に実る葡萄?

前回ご紹介した有機農法に、ある独特な原則をもつ「ビオディナミ農法」を合せて育てた葡萄を原料にしたワインのことをビオディナミワインと呼びます。「生」を意味するBioと、「動的な、活気のある」等を意味するdynamieとを結んだ単語がBiodynamie。19世紀後半に生まれたオーストリアの神秘思想家、シュタイナーの提唱に基づくと言われているこの”躍動感あふれる生”農法とは、いったいどんなものなのでしょう。

1.HABA BIO 057

まず、ビオディナミ農法の主要原則を挙げてみますと、
①農薬や化学肥料を使わない。
②農場内で食物連鎖が成り立つことを目指す。
③「宇宙の力」を活性化するとみなされる素材で作られた「調合剤」を用いる。
④③を含む農作業の各工程は、太陰暦と占星術から編纂された農業暦に則る。
となります。

いくつかある調合剤のうち、もっとも重要なのは「雌牛の角に詰めた牛糞」で、これは冬のあいだ土中に埋められていた牛糞入りの角を春に掘り起こして作るものです。乾燥も腐敗も避け、状態良く発酵させた糞を雨水で希釈、撹拌し、それを最適のタイミングで散布すると、土壌の微生物の活動を刺激し、PHバランスを整え、植物の根が地中深く垂直に伸びていくよう促すなど、様々な威力を発揮してくれるのだとか。これがビオディナミ農法で言うところの、「宇宙エネルギーに対する大地の感応力を高めることで、大地はそこから更に自身の生命力を引き上げる」作用というものなのでしょう。

他に水晶の粉やカモミールの花なども用いられ、それぞれ異なる役割を担いますが、これらすべてを準備すること自体がすでにひと仕事。その上、作業の運びは特殊な暦によって細かく指示されていますので、この原則に忠実に従えば当然一般的な農法の数倍の時間と体力を費やします。が、それでもやるべし、と信じるつくり手が増えてきているのです。 しばらく前に、このメソッドに転向したある生産者はこんなことを言っていました。「理屈はさっぱり分からなくて我ながら不思議だけど、とにかく結果的に良い葡萄ができるんだよね。それに、手作業をしながら畑で過ごす時間が増えたお陰で、最近、風や虫の歌がよく聞こえるようになったよ」

2.ADB Solutre

この一見風変わりな調合剤やカレンダーを、非科学的でまるで黒魔術みたいだ、はたまたペテンだと一蹴するのではなく、自然と人との間にあった古来の関係を現代生活の中に部分的に取り戻してみるための、ある種の「きっかけ」と捉えてみることはできないでしょうか。

例えば日本の伝統芸能、お茶やお花の世界などには、なぜそんなにややこしい決まりごとがあるのか第三者には理解できずとも、その世界に深くたずさわる人たちにはどうしても無視できないお作法とか行儀とかがありますよね。そしてそれを体得した人の佇まいはどこか潔く、その人のつくるもの、表現するものは美しいと私達は感じる。そういった定型のプロセスを踏むことは、ある極みに達するまでに継続するのが必要な心構えを見失わないようにすることにつながっているのかもしれません。ビオディナミ農法に熱心な人たちも同様に、その極みに達するために独自の秩序に従っているだけなのではないかと、そんな風に考えています。

なんて、「鍛錬」とか「精進」とか、そのような言葉で表現できそうな日本的な精神性を、西欧発祥の特殊農法にそのままあてはめて果たしてよいものなのか?は、疑問ではありますが(笑)、神秘主義への傾倒などない都会育ちの私でも、農耕民族の末裔のひとりとしては、畑の上で行われるこのなんとなく呪術めいた振る舞いに、どこか郷愁を誘われるような、そんな気がしないでもないのです。

3.Biodynamie 1

ビオディナミ農法で作られたワイン、左から●Meursault Clos de La Barre Domaine des Comtes Lafon 2002(ムルソー クロ・ド・ラ・バール ドメーヌ・デ・コント・ラフォン 2002) ●Puligny-Montrachet 1er Cru Les Combettes Domaine Leflaive 2010 (ピュリニー・モンラッシェ プルミエ・クリュ レ・コンベット ドメーヌ ルフレーヴ 2010) ●Volnay 1er Cru Les Mitans Domaine de Montille 2010(ヴォルネイ プルミエ・クリュ レ・ミタン ド・モンティーユ 2010) ●Savigny-lès-Beaune 1er Cru les Fourneaux Chandon de Briailles 2011(サヴィニー・レ・ボーヌ プルミエ・クリュ レ・フルノー シャンドン・ド・ブリアイユ 2011) ●Chambertin Jean & Jean-Louis Trapet 2011 (シャンベルタン ジャン・エ・ジャン・ルイ・トラペ 2011)