決して美食家ではないのですが、もちろん食べることは大好き。特に旅先では地元料理や伝統の味に出会うことは大きな楽しみのひとつ。そんなわたしが、「この味のためだけに再び訪れてもいい!」と熱く思う場所のひとつがブータンです。
3000~4000m級の山々に囲まれた小国は、40年ほど前まで鎖国政策をとっていたため、幻の国として旅人たちの憧れを集めた存在でした。それが10数年ほど前から、ゆるやかに海外へと門戸が開き、観光客も自由に渡航できるようになりました。どこか日本の原風景を思わせる自然景観と、人懐っこく、まさに日本人のような顔つきのブータンの人たちに魅了され、今までに3度、この国を訪れています。
ブータンを旅するとまず目につくのが棚田の美しさ。そう、ブータンはお米の国。急峻な山肌にへばりつくように作られた棚田に苗の新緑がいっせいに広がる夏。あるいは黄金色に稲穂がきらめく秋。同じようにお米を愛する日本人としてこれほど癒される風景はありません。
実はブータンの稲作をはじめ、農業は日本と深いかかわりがあります。国交もない1964年、海外技術協力事業団(現:国際協力機構)によってブータンに派遣されたのが農業専門家・西岡京治氏。奥様と共に未知の土地で苦労をしながらブータンの農業開発に尽力。温かく誠実な人柄はブータンの人たちに愛され、また、その功績からブータンの称号となる「ダショー」を国王から授けられました。そんな日本とのつながりもあり、ブータンのお米は私にはとてもおいしく感じられます。そして、ブータンで味わって病みつきになったのが最も伝統的な家庭料理エマダツェ。炊いたごはんの上にトウガラシとチーズを煮込んだものをかけて食べる。そんなシンプルさなのですが、これがもうクセになるほど美味しいのです。
レシピはいたって簡単。生のトウガラシをザクザクと切り、脂で炒めたら水を加え、さらにチーズ、塩を加えて煮込むだけ(好みでジャガイモやキノコ、ニンジンなども加える)。それを白米、あるいは赤米の上にたっぷりとかけて食べる。しかし、これがもう、すこぶる辛い。子供たちもお弁当でパキパキかじるほどブータンの人たちはトウガラシを日々、常用していますが、とにかく辛い。涙が出てきてむせかえるほど。でも、まさにエマダツェ・マジック。毎日、食べ続けていくとその辛さがなんだか味わい深く、しみじみ美味しいと感じられてくるのです。
トウガラシの痛いほどしびれる辛さとコクのあるチーズの旨み、それを混ぜあわせたごはんを咀嚼するごとに生まれる甘み。嬉しいことに発汗作用のあるカプサイシンのおかげでしょうか、どんなに連日、山盛りのごはんをいただいてもブータン旅行後は体重が落ちて心なしか体がスッキリするのが不思議です。
このエマダツェ。東京にあるブータン料理のお店で頼んだり、自分で作ってみたりしたのですが、やっぱり現地で食べたような味に仕上がりません。お米のタイプも違えば、トウガラシや使用する水も異なる。ということで、エマダツェを食べるためにはブータンに行くしかない!でも、それもありかな、と思わせるほど私にとって思い出に残る忘れがたく恋しい味なのです。