Nice:ニース
2015-07-28
オペラ座とパンのある空間

フランスで一番といっていいほど私のことを応援してくれている女性がいます。彼女とは、語学学校に通いはじめの頃にホストファミリーに連れて行ってもらった「ヴィシー競馬場」のダービールーム(アペリティフをいただきながら競馬を観戦するフロア)で出会いました。どうしてフランスに来たのかを尋ねられ、「日本にワクワクするパンのある食卓を作る要素を探しに来たのだ」と、フランス語がしゃべれないため、ほぼ熱意だけで必死に伝えようとする私に興味を持ってくれたのか、危なっかしくって放っておけなかったのか、出会った瞬間からずっと応援してくれています。フランスの家族のひとりです。実は彼女、ヴィシーのオペラ座のディレクターだったのですが、この出会いをきっかけに、公演にたびたび招待してくれるようになったのでした。

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本当に人生は、いつ何が起こるか分かりません。オペラをボックス席で観劇するというドラマチックなことが、平均値あたりをうろうろしている自分の人生に起こるなんて思い描いたことがありませんでしたから。描くキャンバスは真っ白。「オペラに招待されたら・・・」とイメージしていたら、もっと優雅な女性になって鑑賞できたでしょうに。あり得ない素敵なことこそイメージして準備しておくべきなのだと、身をもって実感しました。

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人生初オペラは「魔笛」。ストーリーは軽く知ってはいたものの、フランス語の歌劇。深く理解することは諦めて、ただそこにいることに身をゆだね、五感で感じることに徹しました。オペラ歌手の人間の域を超えた歌声に心臓がふるえ、その感情表現の確かな演技力に心が脈打つのでした。そして衣装、舞台装置、照明、オーケストラ全てが融合した空間にすっかり魅了されてしまいました。ホール空間は、観る側の意識を吸い込む宇宙です。“オペラ座”という星座の一つの惑星。終演後は舞台裏にも連れて行ってもらいました。

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歌劇を魅惑的に楽しめる空間であるオペラ座は、私が目指すパンのある空間と通ずるものがあるように思うのです(あつかましい解釈ですが、目指す先という意味で、そのくらい壮大であっていいかと)。オペラ歌手はパン。オペラ歌手にトロリとまとって甘い味わいで個性を際立たせ楽しませてくれる “衣装”は、パンに垂らすハチミツ。オペラ歌手と融合して互いの魅力をさらに高め合う“オーケストラ”はパンにつけるオリーブオイル。その楽しみ方を観客に知ってもらう空間作りの演出、プロデュースをするのが自分。

オペラのような空間を作るべく、あり得ないかもだからこそ、その思いを描いていこうと思います。
そして、完成したら応援してくれている彼女に真っ先に見てもらおう。